でろでろ汽水域

読書感想にかこつけた自分語り

読書感想 2016.12月分 後半

前回の12月前半の読書感想、奇しくも全部ミステリという「なにがなんでも読むだよめちゃくちゃ偏ってるじゃねーか」のツッコミ待ちになってしまった。言い訳をさせてもらうならば、この時期は読書を習慣づけようという助走期間みたいな物だったので心理的ハードルが低くエンタメ性の高い分野を選んでいたのだ。
私の読書熱は突然やってきては突然去っていく。読むときには一週間で10冊読んだりするし、逆に読まないときは半年以上文庫本の一冊も手に取らないという極端なスタイルだった。これでは読書を趣味と自称していいのか甚だ疑問である。それを改めたかった。
いまは活字の海でどのくらい自分が泳いだり潜ったりできるのか試したいという思いも加わって、具体的なノルマを決めているわけではないが毎日本を読むように心掛けている。もっとも最近は読んだ本が別の読みたい本を連れてくるというサイクルが発生しているので、せっせと読まないことには買った本が消化できないという事態になっている。悪くない。割と遠くまで泳げるようになってきた。



エドウィン・マルハウス』

〈わずか11歳でその生涯を閉じたエドウィン・マルハウス。彼の非凡な芸術家としての才能と短いながらも作家として命を燃やし尽くした人生を、遺作『まんが』の執筆を中心に置いて親友ジェフリーは伝記として残すことに心血を注ぐ〉

読了後、読み切れなかった、という無力感に襲われた。面白くないわけではないし文章に入り込めないわけでもないのだが、これという手応えを受け取ることができずもどかしかった。だから感想も正直書きづらい。
本作はエドウィンの親友ジェフリーが天才的な記憶力を駆使して書き上げた伝記という体で書かれた作品である(読み始めてしばらくノンフィクションだと勘違いしていた)。このジェフリーくんは少なくとも生後6ヶ月でエドウィンと出会ったところから文字通りすべてを記憶している超天才であるが、彼は自身の能力よりも隣家の同級生エドウィンの才能に強く惹きつけられる。彼の瞬間記憶能力に基づいてエドウィンの赤ん坊だった頃から彼の死までを、ほとんどは退屈としか形容できないエピソードからはたまた恋愛、同級生の死といった大きな事件に至るまで詳細な記録と洞察を書き留めている。
「少年二人の友情」と言ったとき一般的に想像されるような青空めいた青春は、ゼロではないがあまり出てこない。それよりは放課後の薄暗い時間に小さな体で走り回ったであろう裏路地や、校舎の影、夜に明かりを灯した部屋など様々な〈黒〉が本書では多く描かれている。
心温まるストーリーはあまりなく登場人物は揃って愛嬌に欠けるため、読んでいて晴れやかな気持ちになる作品ではない。様々に手触りを変える薄暗い路地を壁伝いに進むような小説で、私はそのまま迷子になってしまった。無念。



『静かな炎天』若竹七海

〈女性探偵・葉村晶の活躍を綴った短編集。ミステリ専門の書店でアルバイトをしながら探偵業を営む葉村が遭遇する様々な事件。事故現場から消えた遺品と女、真夏日に次々と舞い込む依頼の影に揺らめく”何か”、35年前に失踪した作家の足取り、奇妙な容疑者捜査の依頼の背後で進んでいた事件、他人に使われていた戸籍を追った顛末、貴重なサイン本を受け取るお使い……。不幸な探偵、葉村の運命やいかに〉

こんなに面白い探偵シリーズがあったのか、と驚いた。推理小説の中でも珍しい”探偵"小説である。刑事でもなければ、どこぞの大学教授でもなく、犯罪心理学者でもない。ミステリとしては極めて正しい主人公なのだが、ここまで王道なのは記憶にない。
探偵なので巻き起こる事件も殺人事件一辺倒ではなく、素行調査や人探しまで幅が広く新鮮。またどの事件も一筋縄では行かず、伏線の張り方から解決の仕方まで読ませる工夫に満ちている。
そしてなんと言っても主人公の女性探偵、葉村晶のキャラクターが良い。飄々としていながら推理力と洞察力に優れ、シニカルなユーモアと豊富な知識は読者を魅了してやまない。40代を迎え加齢に対する愚痴や体の不調と戦いながら難事件と対峙する姿は、このシリーズでしか味わえない面白さを確立している。他の長編もいずれ読みたい。




〈未来の地球。放射能灰に汚染され細々とした生活を強いられる人々にとって、貴重な動物を飼うことはこの上ないステータスとなっていた。警察官にして賞金稼ぎの主人公リックは人工物の電気羊しか飼えない生活を憂い、本物の動物を飼う資金を得るため危険な脱走アンドロイド狩りに乗り出すが……〉

映画『ブレードランナー』の原作として知られ、その独特のタイトルに聞き覚えのある人も多いであろうSF界の重鎮たる作品。……なのは知っていたのだが、映画も本書も触れる機会がなかった。
機械がダイヤル式だったりブラウン管だったりとレトロフューチャー感溢れる世界観なので(当たり前だけど)それを読んでいるだけでも楽しめる。しかし物語が動き出してからはそんな揚げ足取りをするような余裕を奪うほどストーリーに夢中になった。
なんと言っても先が読めない。目の前に現れる人たちは味方なのか、敵なのか、そもそも人間なのか、アンドロイドなのか。人とアンドロイドを隔てるものはなにか。様々な心温まる可能性や示唆を提示しながら、それを残酷に裏切るようなシーンも多い。
アンドロイドを狩るというわかりやすいアクションを本筋に据えながら、展開されるのは「生命とはなにか」、「人間とはなにか」という重要な定義に対する問いかけが主軸となる。傑作。



『セブン』乾くるみ

〈数字の”7"に纏わる7つの短編で構成された一冊。トランプの数当てが命がけの心理戦と化す女子高生たちのデスゲーム『ラッキーセブン』。捕虜になった兵士たちに課せられた、命をチップにした『ユニーク・ゲーム』、定められた時間をランダムに転移する男は謎を解き未来を変えられるか?『TLP49』他〉

論理とアイディアで構成された独特の雰囲気を持つ作品群。パズル要素が前面に出されており、よく「アイディアだけでは小説は書けない」と言われるが、この一冊はアイディアだけで完成されていると言っても過言ではない。ロジカルな切れ味に全てを託した作風は見事で、前述のあらすじでも触れた『ラッキーセブン』と『ユニーク・ゲーム』は特にルールと心理戦に捻りが効いていて面白い。
ただ玉石混淆というか、面白い作品と比べるとかなり見劣りする物がいくつか収録されている感覚は否めず(読めばわかる。唖然とする)、結果的には一冊としての完成度を落としているように思える。そこまで7に拘る必要はあったのか……。