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読書感想にかこつけた自分語り

読書感想:『生物と無生物のあいだ』福岡伸一

 だいぶ前にベストセラーになった著書であると記憶している。購入したのもその頃だ。買ったはいいものの書架の賑やかしとなり、長らく埃を被っていたのを今更紐解いてみたわけだが、刊行から10年以上経ったいまでも大変面白く読めた。著者が携わってきた様々な研究や実験、活動を通じて知り合った偉大な先人たちや仲間との逸話や考察も含めて興味深い視座が数多く盛り込まれている。

 

 本書のテーマは「生物とはなにを持って定義されるか?」を出発点としている。この本が上梓された頃には『冷静と情熱のあいだ』のブームはすでに終わっていたと思うので(余談だがこの作品がまったく楽しめず、辻仁成江國香織の作品を手に取ることがなくなった)、なにを意図してこのようなタイトルにしたのか測りかねる。少なくとも、生物と無生物の〈あいだ〉に注視して書かれた本ではない。最初から最後まで強く「生物とは、生命活動とはなにか」という根強い探究心が溢れているだけに、表題との乖離は少し気になっている。

 著者は分子生物学者が本職であり、本の内容も研究や実験に対する記述に関してはやや専門的な単語やメカニズムが書かれる。高校生物程度の知識があれば十分理解できるように噛み砕かれているが、心得がない読者にはやや難解かもしれない。ただ、著者もそれは承知していると見え、実験や考察に合点がいかなくても、そこで明らかにしたいテーマと、実験の結果得られた知見やアイデアに関しては物語調で読みやすく記されている。私自身すべてを理解しながら通読したわけではないが、著者の語りたいテーマはしっかりと受け取ることができたと思っている。

 

 本書は科学的なパートが半分、著者のアメリカでの研究生活に付随するエッセイ的な要素が半分で構成されており、このエッセイ的な部分の力の抜け方とトリビア的な面白さのバランスが良く、飽きがこない。

 例えば、野口英世はアメリカ(というか在籍したロックフェラー大学)ではそこまで評価が高いわけではなく、むしろ大酒飲みのプレイボーイとして有名だったとか、DNAを発見してノーベル生理学・医学賞を受賞したワトソンとクリックに纏わる、研究業界での権謀術数やスキャンダラスな一面が描かれている。これらのエピソードは本書の導入部分からスタートし、読者の心をしっかりと科学者アタマに馴染ませるよう作用している。本格的な生物学談義が始まる頃にはラボで助手を勤めているような心理になっていて、小難しい授業を受けているような退屈さは一切ない。読み物として面白く書かれていることも本作がベストセラーとなる要因だったかもしれない。

 

 内容にも少し触れると、知的好奇心がもっとも刺激されるのは第9章の〈動的平衡〉の概念が紹介されるところだろう。端的に言えば、ヒトの身体というひとつの大きな塊、個体であっても、それを物質的に見ると身体を構成するアミノ酸、さらに詳細に見ていけば原子や分子に着目すると、それらは極めて短いスパンで入れ替わっていることが示される。そうした構成要素が絶えず流動する中において、ひとつの形を維持し、ひとつの〈個〉であり続けるためのメカニズムにこそ、生物を定義するテーマがあると著者は指摘する。

 その後、様々な研究を経るなかで、著者は終章で生物、生命をこう位置付ける。

 

ーー機械には時間がない。原理的にはどの部分からも作ることができ、(中略)そこには二度とやり直すことのできない一回性というものがない。

 生物には時間がある。その内部には常に不可逆的な時間の流れがあり、その流れに沿って折りたたまれ、一度、折りたたんだら二度と解くことのできないものとして生物はある。ーー

 

 書き起こせば、ほんの数行。この事実に深みと説得力を持たせ、この事実がいかにして成り立っているのかを読者の実感としてわからせるために本書は存在している。

 私たちは当然、当人が抱えた一生という限られた時間とたった一つの視座しか持つことはできない。しかし生命という現象自体は大昔から、そしてこれからも気が遠くなるほど長い年月をかけて続いていく流動的な化学反応の奔流であり、それがたまたまひとつの境界を外部と接しているに過ぎないのではないか。そんな途方もない渦に巻き込まれたような感覚がある。

 もちろん、それが事実だったとして、これからなにかが変わるわけではないし、嫌悪していたものが好ましく感じられるわけでもない。ただ、そうした大きな視野を持つことが、文字通り微に入り細を穿つような研究をしている分子生物学という分野から教えられることに、ひとつの生命体としてロマンを感じずにはいられない。

 

 かえって私の感想のほうが仰々しくて小難しい感じになってしまったが、本書は読み物としてもユーモアと機知に溢れていて読みやすい。ライフサイエンスの不思議に触れてみるのに、丁度いいだろう。