でろでろ汽水域

読書感想にかこつけた自分語り

弘前に行った日記(4月21、22日)

 社会復帰を果たして間もなくひと月が経つ。想像していたよりは忙しい日々を過ごしてはいるが(7時に家を出て帰ってくると21時過ぎ)、身体的・精神的な負担に限れば心配のほとんどは「杞憂であった」という表現に終始する程度には順調である。丸1年ヒマをしたとはいえ、前職の辛辣な環境での学習や記憶がリセットされたわけではないということだろう。

 しかし、それはとても喜ばしいことだ。以前の仕事はあまり好きな分野ではなく性格的に向いてもいなかったが、その中で関係を持てた人たちには心から尊敬できる実力者や人格者も間違いなく存在した。そうした経験は活かさねばならないし、機会があったらお世話になった人には恩返しをしたい。そのためにも自分の職務能力の練磨と人脈作りは重要だ。私は決して上昇志向の強い人間ではないが、ある程度自他共に納得できるような仕事をしたい、というスタイリストな側面も弱くはない。新しい環境に溶け込むコツは、期待される役割において平均以上の結果を出すことに尽きる。しばらくはそこに注力していこう。

 

 仕事観への退屈な考察はこのくらいにして、少し楽しい話題を。

 先週の週末は弘前に出掛けていた。もちろん弘前さくらまつりを堪能するため……というのは理由の半分であり、もう半分は友人との親交を深めるためだった。社会人、それも三十路を過ぎてからとなると新しい友達を作るのは容易ではない。既存の友情を大切にしていかないと孤独一直線なのが学生生活を終えた人間の怖いところだ。私のように偏屈な人間となればなおさらである。友人夫妻は相変らず楽しい人たちであったし、娘さんも可愛らしく成長していた。

 弘前城を眼前に広がる桜は圧巻の一言で「すいません、あなたは先ほど亡くなりまして、ここは天国です」と言われたら納得できそうなくらい美しい眺めが広がっていた。桜の美しさはもちろんであるが、それを維持し広めていこうという仕事の跡が様々に見受けられるのが一番感動的だった。良いものは残したいし伝えたい、あとついでにお金も儲けられたらいいな、という人間の良いところが形になっていた。この週末は満開で花筏も見頃であろう。ますます評価されてくれと願わずにはいられない。

 

 弘前市は不思議な街である。人口は20万人に満たないが、人口減少と高齢化に喘ぐ東北において、珍しく若い人間(20代)の多い市だ。wikiでも市の広報でもなんでもいいが、人口統計を見てもらえばそれはグラフではっきりわかる。

 理由は単純で、弘前市は国立大学である弘前大学をはじめ学園都市として機能しているからだ。大学生が住むことになるので市勢としてひっくるめて見た場合、若い人間の比率が高くなる。もちろんそのまま弘前に残る人間は少数派であるし、弘前で生まれ育った子供がそのまま弘前に住み続けるというデータがあるわけではない(探せばあるだろうけど、たぶん望ましくない結果だと思う)。しかし、入れ替わり立ち替わりのところてん方式だとしても、常に一定数の若者がいるというのは都市構成としては魅力的な要素だ。なんといっても世の中のニーズを牽引するのは若年層である。いるといないとでは全然違う。

 加えて前述の「弘前さくらまつり」や有名な「ねぷた祭り」など観光産業として尖鋭化している点も見逃せない。観光立地を唄う自治体は少なくないが、弘前市ほど大規模で知名度のあるイベントを複数運営している市町村はまれだろう。ただ伝統や規模に物を言わせるだけではなく、これらの催事は現代でも人目を引くようなブラッシュアップが図られており、実際に成功している。

 この、若者が多く、伝統行事が活発である地盤を最大限に活かした街作りというモデルスタイルは、疲弊と衰退ばかりが取りざたされる地方における希望のように感じていた。しかし、そうした方向性を強力に推進していた前弘前市長は、先日の市長選で負けてしまった。私は常々理想の地方市の在り方とばかり思っていたのだが、そこで生活している市民にとってはそうでもなかったということなのだろうか。今後の推移を見守りたい。

 

 さて、そんな弘前さくらまつりは今年で100周年を迎えた。それを記念して開催初日にブルーインパルスが展示飛行を行うという。その話を聞いて、なるほどそれは是非見たい、と二つ返事で弘前行きを決めた。予定開始時刻は10時半ということなので土曜日は早めに秋田を出発した。

 道中、大館のあたりではまだ桜は一分咲きからせいぜい三分咲きという様子だったので弘前公園もまだ見頃には程遠いのではないかと心配していたが、いざ着いてみれば園内はピンク一色であった。公園ではすでに見物客が列を成しており、露店からは呼び込みの元気な声が響いている。

 しかしまずはブルーインパルスだ。開会式が行われる本丸近くのエリアは有料区間になっており、入り口にはちょっとした行列ができていた。とはいえ券を買うだけなので回転は早い。入場料を払って本丸近くへ移動する。

 天気は快晴、午前中だというのに缶ビール片手に歩いている。これが自由。人混みの中で少し広くなったスペースを見つけたのでそこに腰を下ろす。雲の少ないさっぱりとした青空であったが、花粉なのか黄砂なのか(朝から風がとても強かった)遠景はぼんやりしていた。頭にまだ雪を抱えている岩木山も輪郭がぼやけて見える。周囲には花見客らしき親子連れに混じって、大きなカメラを抱えたブルーインパルス目当てと思しき方々も見受けられた。

 やがてアナウンスが入りブルーインパルスが登場する。最初に耳にエンジン音が飛び込んできて、すぐさま綺麗な編隊を組んだブルーインパルスがスモークをたなびかせて姿を見せる。そこかしこから歓声が湧き、連続でシャッターを切る音が聞こえた。撮影ガチ勢は集中のせいか感嘆の声を挙げないのが印象的だった。

 桜とブルーインパルスの組み合わせは最高だったと言う他ない。機体の姿を追う視線の先には常に青空と桜と弘前城があり、演技を見ているうちに桜も楽しめてしまう。まさに豪華絢爛だ。あっという間に演技飛行の時間は終わりに近づき、5機がそれぞれ大きな輪を描く最後の大技が披露される。このときばかりは、無口でストイックなカメラマンの皆さんからも「おお!」という感動の声が漏れていた。

 勇壮で、同時にどこか可愛らしさも感じられるブルーインパルスの機体は、来たときと同じように轟音を残して飛び去っていった。エンジン音が聞こえなくなるまで拍手は続いていた。

 

 簡単な食事を済ませて場所取りに向かう。留学生だろうか、外国人の若者がブルーシートを広げて一角を確保していた。自分が観光客であることを忘れて「ジャパニーズチェリーブロッサムの勇姿をしかと目に焼き付けるがいい」となぜか上から目線で誇らしい気持ちになった。この時点ですでに缶ビールのロング缶を3つ開けている。

 ちょうど良さそうな木陰にレジャーシートを広げて腰を落ち着ける。この辺りでようやく友人夫妻の子供が私に心を開いてくれるようになった。私が遠くに投げたボールを私が全力で拾いに行くという遊びが気に入ったようで、中世貴族みたいな趣向が斬新だなと思った。負けるために走れと命令される経験は初めてだったので参考になった。

 少し疲れたので露店で買った料理を食べながら日本酒を飲みつつ(とても美味しいお酒だった)、くだらない話をしながら桜を眺めた。今後の地方の在り方は死に方の提供にある、みたいな話をしていた気がする。酩酊と桜と晴天で夢見心地だった。

 

 日が傾いてきたので帰り支度をする。夜桜もさぞかし綺麗だろうと思ったが、午前中から酒が入っているのでそろそろ頭も身体もいい具合になっていた。どちらかと言うと友人の方が潰れていた。一升瓶を二人で空にすればそうなる。

 公園内はまだまだ人でいっぱいだった。1日で20万人以上、つまり弘前市民より多い人間がここを訪れるというのも頷ける。もっと見て回りたかったという名残惜しさを感じたが、ヒトが思うようには観賞できないのも桜見物の醍醐味であろうと思うとかえって心地良い気がした。

 

 友人宅のアパートに着いてからはマリオカートをして遊んだ。何年か前に遊びに来たときもマリオカートで遊んでいたので最早恒例行事である。しかし酔っ払いの操るカートは終始ふらふらしていて勝敗もなあなあだった。Wiiのリモコン操作が覚束ず、私の操るカートはほとんどコースを走れなかった。それでも楽しく遊べるのだからさすがニンテンドーである。

 飲酒運転のマリオカートを早々に諦め、別のスポーツゲームに手を出す。感覚的な操作でまあまあ勝負になる卓球やボウリングで遊んだ。4歳になったばかりの娘さんと一緒になって年甲斐もなくはしゃいだ。多少手を抜いたとはいえ、ボウリング勝負では普通に負けた(終盤連続ストライクを取られてびっくり)。来年、嫌われてなかったら本気でやっつけようと思う。

 

 気がつくと『バーフバリ 王の凱旋』の上映会が始まっていた。なんでだよ。

 えらくノリの良いインド映画で話題になっている、というのはどこかで見掛けたが、まさかこのタイミングで自分が視聴しようとは。しばらくはツッコミを入れながら観ていたのだが、途中から真面目に鑑賞してしまった。友人は酔い潰れて寝た。

 バーフバリ。まずヒーロー像が新しい。最初からレベル100。全パラメーターがカンスト。ヤバイ。頑張ってなにかするぞ、成し遂げるぞ、みたいな平民的カタルシスがほぼ達成された状態からスタートしている。いきなり強くてニューゲーム。ヤバイ。

 じゃあ退屈なのかと言われるとそんなことはない。バーフバリ以外の人たちはレベル1から30くらいで様々いる。そんな中でバーフバリは自分の正義感を保ちつつ、国のためを第一に想って控えめな生活をしている。でもやっぱり問題がいろいろ起きちゃう。だってレベル100だから。ゲームバランス狂っちゃうから。

 大変なことが次々起こるんだけど、なんたってバーフバリだから安心。なんとかなる。バーフバリに任せとけばなんとかなる。超安心。ドッカンドッカン派手なアクションに身を委ねていればいいわけ。そう思って視聴者が安心し始めた頃合いで、物語を揺るがす大変な事件が起きてしまう。

 いや、あの展開は驚かされた。なにより自分がいつの間にか物語にこんなに没入していたのかという驚愕。最初はからかい半分みたいな感じで見ていたし、よくあるアクション映画の感覚だったのに、気がつくと気持ちがマヒシュマティ王国に行ってしまっている。このスケール観の大きさは大陸由来の成せる技かと思わず唸った。

 強かに酔った状態での視聴だったので、細部まで見ている余裕がなく忘れてしまった部分もかなりある。しかも後々調べてみたら2部作の後編だったようで(冒頭の展開が唐突だな、とは思った)近いうちに前作とまとめて鑑賞したい。ただ、どう考えても酒を飲みながら観たほうが面白い映画なので何回観ても同じような感想になるような気がしないでもない。

 

 そうこうしているうちに夜もふけているので、水を飲んで眠った。

 深酒をしたときには水をたっぷり飲んで眠ると良い。二日酔いで頭が痛くなるのは、脳味噌の水がアルコールの分解に使われて脱水症状を起こしているからだ(かなりざっくりした説明)。なので十分な水さえ飲んでおけばなんとかなる。無論ならないときもある。とにかく、試しに水を飲んでみて「水おいしい」と感じたら身体に水が足りていない。そのまま2リットルくらい飲めてしまうときもあるが(その日の晩はそうだった)不思議と夜尿に悩まされることは少ない。翌朝はすっきりとした目覚めだった。

 

 次の日はのんびりとした日曜の朝を過ごした。午前中は公園で私と友人の野郎ふたりで小さい娘さんと遊ぶという不思議な絵面を展開した。4歳児はシャボン玉に歓声を上げながら、可憐で儚い存在を容赦なく叩き割った。空中に逃げられると悔しそうにした。バーフバリを思い出した。お昼に中華料理をご馳走になってから帰路についた。近々きちんとお礼をせねばなるまい。

 幻想的な桜とブルーインパルスに、友人夫妻一家に1日紛れ込ませてもらった不思議な感覚を思い出しながら車を走らせた。昨日の風景、いま眼前に広がる新緑、道路に転がるタヌキの死体などを眺めながらのドライブはまったく苦にならなかった。

 たまには遠出もいいものだ、と柄にもなく思った二日間だった。