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読書感想にかこつけた自分語り

読書感想:『自動車会社が消える日』井上久男

 世界的な販売台数と業績から見れば、一見好調とも思える日本の自動車産業界に警鐘を鳴らす一冊。ぎょっとさせるタイトルながら、内容はそこまで批判的なわけではない。世界のライバルに比べて日本の各メーカーがどのように遅れているのか、またどのような挽回策が考えられるかをグローバルな視点から展開していく。

 大抵は具体的な数字やデータの裏付けがあるのだが、まれに「関係者によると」レベルの噂から推論を書いている部分もあり、一から十まで信用していいのか若干不安が残る。とはいえ大局的な捉え方や将来展望に関しては、著者の言うことに間違いはなかろう。本書で触れられる産業構造の変化とその潮流は、自動車産業だけに限ったことではないからだ。むしろ「ああ、やはり」と得心のいくことが多い。自動車に興味がなくとも(実際、私はクルマにあまり興味がない)面白く読める一冊だろう。

 

 さて。最近ではクールジャパンの名の下、アニメや漫画をはじめとするサブカルチャーがニッポンの顔であるかのように扱われているが、戦後の復興期からいまに到るまで日本という国の代名詞は間違いなくクルマだ。世界的な知名度はもちろんだが、その経済規模や工場や技術を含めた進出の度合いを鑑みればクルマこそが、ニッポンの履歴書に貼り付けられる顔写真になるだろう。そこには議論の余地すらない。

 その日本のお家芸でもあったクルマの姿がいま、決定的に変わろうとしている。それも、デザインや性能というようなモノの変化ではなく、クルマという概念自体が変貌を遂げようとしているのだ。かつて「音楽」を巡る機器がレコードからカセットテープ、CD、MD、iPodと姿を変えてきたように、クルマの形自体に変化が求められている。

 そして、日本のメーカーはその変化に上手く対応できておらず、もっと悪いことには変化にすら気付けていないのではないか、という危機感から本書はスタートする。

 

 自動車については国産メーカーと海外の有名メーカーを少し知っている程度なので、本書で紹介される内容は初めて目にするものがほとんどだったが、古今東西のエピソードはどれも面白く、興味深かった。

 特に興味深かったのは、現存する大手各社が経営的に大きな痛手を被った直後に、それをバネにして経営を再建させるストーリーの豊富さだ。EVやハイブリッド車への遅れを独自技術のスカイアクティブエンジンで挽回し、いまだに需要の高いディーゼル界隈で躍進を遂げたマツダディーゼル車の不正を契機にEVの開発へと大胆に舵を切って市場開発と業績向上に繋げるVWなど、文字通り転んでもタダでは起きない強かさが様々なところで見られる。経営方針を握るトップから現場の技術者に到るまで、柔軟性とタフさを身につけた人間がめいめいに跋扈しているのが透けて見えるようで面白かった。

 さらにクルマ作りにはITや流通などの業種も絡みついており、各メーカーの戦略や商品開発は眺めているだけでも変化に富んでいる。自動車メーカーや他業種の枠を超え、国や政治をも巻き込んで変貌を遂げようとするクルマの将来像は、楽しみであるとともに不気味でもある。クルマの将来を考えることは、そのままニッポンの未来を考えることに繋がっているようだ。それがどんな「顔」になるのか、見守らせてもらおう。

 

 私が小・中学生のころ、テレビゲームは日本のお家芸だったし、今後もそうであることを疑わないユーザーはいなかった(と思う)。しかし、コンシューマーとしての完成度を追求し、キャラクター性への拘泥という内向的な進化に注力し続けた結果、インターネットを経由した「新しいゲームの形」を作ることには決定的に出遅れた。現在はある程度挽回できているジャンルもあるが、やはりガラパゴス化する中で動物園的な繁栄の仕方にシフトしている気配は強い。

 ぼんやりしていたら、クルマもそうなるかもしれない。そして、クルマの産業規模はテレビゲームのそれとは一線を画している。「最近の和ゲーは面白くないな」という感想で済む範囲では影響は収まらないだろう。クルマに興味があってもなくても、その趨勢の行く先は国民一同一蓮托生という絵面はなかなか風刺が利いている。