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読書感想にかこつけた自分語り

読書感想:『迷宮百年の睡魔』森博嗣

 大学時代に『すべてがFになる』を読んで衝撃を受け、そのまま既刊を買い漁って講義中に読み耽り(大学生時代が一番本を読んだ。主に講義中に)新作が出れば徹夜して読破するほど一時は熱を上げていた森博嗣

 しかし、刊行される作品から次第にミステリー色が薄れて行き、それを補うように厭世的なポエムと陳腐な近未来SFの度合いが増加するのに伴って興奮が覚めてしまった。いよいよそれが頂点に達した『スカイ・クロラ』はまったく肌に合わず、こりゃダメだと思ってからは距離を置いていた。

 置いていたのだが、やっぱり気になる森博嗣。ときどき買っては残念な気持ちを再確認するのを何度か繰り返していたのだが、今作もいまいちノリきれなかった。

 

 早速だが、本作はシリーズ物の二作目であるため、この小説から読み始めても理解が追いつかない。書店でミステリーの棚にあるのを見掛けたのと、タイトルが目を引いたこともあって購入したのだが、読んですぐに「どうにも世界観が唐突だな」と思って巻末のあらすじを見たら「物語の第2章がはじまる」という文字が踊っているではないか。やられた。

 そのまま読み進めても良かったのだが、森博嗣作品もかれこれ20作以上買っているし、ここで読む作品がひとつ増えるのもふたつ増えるのも一緒だろうと本屋に踵を返した。

 前作となるシリーズ一作目は『女王の百年密室』だった。タイトルに〈密室〉ってあるし、ミステリーだよね、とちょっぴり安堵しながら購入する。裏表紙を捲って既刊リストを見ると『そして二人だけになった』を見つけて懐かしくなった。この作品が手放しで面白いと言える最後の作品だったかもしれない。

 

 さて、最近のストーリーのように書いたが『女王の百年密室』を読了したのがすでに5年くらい前である(『そして二人だけになった』を読んだのはたぶん10年近く前の出来事になるはずだ)。なんでそんなに間が空いたのかというと、あまり面白くなかったからに他ならない。ようは、一作目を読んでから鼻息も荒く「次も読まなくちゃ!」とはならなかった、もっと素直に言えば「急いで読まなくてもいいや」という評価しか出せなかったのだ。そして積ん読の山へ潜り、いまに至った。

 ネタバレにもならないと思うので言ってしまうが、このシリーズはミステリー風の味付けをされた近未来SFでしかない。逆に言えば、最初から近未来SFだと思って読めば、それなりには面白い。文句が長くなってしまったので「それなりには面白い」という視点から、以下の感想は書かせてもらおう(もう十分台無しのような気がするが)。

 

 舞台はいまからだいたい百年後(作中で2113年と明記されている)の世界。テクノロジーの発達によって、エネルギー問題を解決してしまった未来のお話である。限られた資源への依存という鎖から解き放たれた人類。結果的に国という概念が希薄となり、人々は都市国家的な環境で生活している。その中には、小さなサークルを作り、前世紀的な質素で宗教的な生活を営むことを選択する人々も少なくなかった。

 主人公であるサエバ・ミチルは、そうした異なる文化圏を取材するジャーナリストのような仕事をしている。相棒の〈ウォーカロン〉であるロイディと共に、特殊な性格を持つ都市を訪ねる彼らは、やがて不可思議な事件に巻き込まれるのだが……?

 というストーリー。

 

 本作で起こる事件の中身にあまり見るべき点はないが(こら!)この、新時代のレトロフューチャー像とも言うべき情景描写たちはとても面白い。

 例えばかつて近未来を描いた傑作『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』や『一九八四年』では、未来的な機械にダイヤルのツマミが付いていたり、複雑なボタンを器用に操るような〈不自由な未来像〉が見られた。そこまで遡らなくても、2004年初版の漫画『プラネテス』4巻では、舞台が2080年前後にも関わらずモバイル機器が折畳式だった。この辺りの未来像の擦り合わせ作業は、眺めていて興味深い。

 いくつか上げると、現在では技術革新が顕著になっている通信式のデータ送受信は「扱える情報量が少なすぎる」ため、ケーブルなどを会した直接的なものが主流であったり、紙の本は装飾品となっていて実用性が皆無になっていたりする(主人公は、ページを捲るごとに文節が途切れるというストレスに昔の人はよく耐えられたな、という疑問を呈する)。そうしたSFの視点が様々なところで顔を出すため、なんでもない風景描写から想像力が刺激される場面は多い。

 一方で圧倒的なテクノロジーを持ちながら、物語に登場する人々は(私の読んだ2作に限れば)古風な生活を営むコミューンのような場所であるため、物語の進行する絵面自体は現代をさらに遡ってほとんど中世に近い。

 この独特のギャップが本作に漂う不思議な雰囲気を醸成しており、この世界観にどこまで身を預けられるかが本作を楽しめるポイントであろう。

 

 再三に渡り書いているが、主人公たちが遭遇する事件は不可思議ながらミステリーとしての趣向は控えめであり、むしろ動機やトリックに付随した宗教的・思想的な側面を掘り下げていく描写が多い。

 スーパーテクノロジーがまかり通っている世界なので、現在の常識で事件を推理するのが土台馬鹿らしいとも言えるかもしれないが、それでも推理のし甲斐のある状況を用意して欲しかった、というのが本音である。

 

 次の3作目で今シリーズは完結するようだが、あまり食指は伸びない。また5年後くらいに気が向いたら読んでいるかもしれない。