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読書感想にかこつけた自分語り

ミステリー小説の推理メモ:『女王国の城』有栖川有栖

 ここしばらく、標題の小説に首っぴきになっている。解決編の手前まで読み、そこまで行ったら最初から読み直す、という珍妙な読み方を繰り返しているのだが(もちろん事件の真相を自力で究明したいからだ)、ふと「道中に推理していたことを書き残しておいて、読了後にそれを読み直したらどのくらいズレているか」を実験してみてはどうか、と思い立った。

 ミステリー作品を読み終えたとき、トリックの根幹や犯人が明らかになるシーンで「ああ、そういえばそこ、気になってたんだよね」という手応えを感じ、なんだか自分もそこそこまで推理が当たっていたかのような気持ちになることがある。しかし、それは単に読み進める中で探偵役の思考をトレースして生まれた錯覚であるやもしれず、厚かましい記憶の改竄を行なっているのではないか。

 実際そこのとこどうなの? という観察をしてみようと思ったわけだ。

 

 やることは簡単。標題の作品について、<読者への挑戦>まで読み進めた状態の私が推理している内容を書き残すだけ。

 今現在「謎はすべて解けた!」状態にはなっておらず、よって顛末を文章にすることもできないので、アイディアを散文的に書いていく。

 ここで重要なのは、思いついたことは一通り書き記すものとし、真相が明らかになった際、私が書いていないことは考えなかった(ばっちり見落とした)こととする点にある。ちょうど馬券を買うときのように、2着になった馬の単勝や、はたまた1着3着の馬連なぞは惜しくもなんともない、正真正銘ただのハズレである。

 おそらくは無能を断罪する鉈が振り下ろされ、的外れなアイディアをべろべろと垂れ流す愚挙も明らかになるであろう。恐ろしすぎる。

 

 もっとも、こんなことをやりだすのは「もういい線いってるだろ」という手応えがあるからなので、はたして自分は名探偵なのかピエロなのか結果が楽しみだ。あんまり恥ずかしいことになったら記事を消せばいいのだし(悪党)。

 当然ながら作品の内容に触れるため、この先はネタバレだらけである。未読の方はご注意を。老婆心ながら、本作は非常に面白い作品なので(だから何回も読み直せるのだが)、私の散文で興を削がれるとしたら貴重な読書体験の損失である。ブラウザバックを推奨する。

 とはいえ、こうした試みをやろうと思ったのは、この作品が大家の傑作であり、初版からそれなりに時間が経っているため、すでに読んだ方も多いだろうという魂胆も影響している。幸運にも本作を読み終えた方がこれを目にしてくれたら、少しは外から眺めていて楽しめるものになるのではなかろうか。その辺りの感想も機会があれば聞いてみたい。

 では、始めよう。

 

※以下、推理の過程で江神シリーズに関する言及があるほか、同著者の『乱鴉の島』の核心部分に触れています。未読の方はご注意ください。

 

1 江神二郎が神倉を訪ねた理由について

 皆目見当がつかない(一発目からこの台詞か)。

 おそらくは前作『双頭の悪魔』で語られた、江神の過去と予言に関係があると思われるが、具体的にはさっぱり繋がらない。石黒操からの資料がヒントのような気もするが「協会に批判的な雑誌の切り抜きが入っていそう」(上238P)だけではなんとも。

 石黒は「急きやがったかな」(上22P)、当の江神は「今となっては急いで目を通すほどのもんやない」(上238P)と言っているので、江神は神倉出立以前に協会についてなんらかの具体的な疑念を持って石黒に資料の収集を要請し、その疑念自体は協会本部を訪れたことである程度解決していると受け止められる。

 しかし作中では、アリスたちと合流する前の江神が、協会内でなにか特別なことを見聞きしたような記述はない。会員たちと生活を数日一緒にしただけで解けた疑念とは?

 

2 11年前の事件について(密室事件以外の部分)

 今作の凶器である拳銃の出所となるこの事件。おそらく、この事件に説明がつけられれば、本作の謎はおおよそ解けるのではないか。密室事件については犯人指摘の際に触れる。

 それ以外にもぽつぽつと重要そうなヒントが出されている感じだが、どうも一本の線にならない。以下、重要と思われる要素を箇条書き。

・協会の関係者は、この事件の影響で指紋を取られている。警察に踏み入って欲しくない理由のひとつ?

・天川晃子の駆け落ちの手紙の消失。午後10時までには手紙は置かれ、午後11時過ぎには無くなっていた(上417P〜)。書かれていたのは駆け落ちの時間と場所なので、偶然に第三者がメッセージを目にしても、出て行った男の所にたどり着く以外なく、発展性がない。

・となると、手紙は偶発的にその場からなくなった。重要なのは、手紙の重しにしていた灯籠。これを、誰かが夜になって動かした。「事件の夜に、人魂がふわふわ飛んでいるのを見た(上151P)」というのは、この灯籠を持った人物が歩いていたことを意味するのではないか。では、なぜそんなことをする必要があったのか。

・野坂公子が中学生時代に手袋やマフラーを編んでいた(上263P)という証言。彼女には、そうしたものをプレゼントする相手、恋人がいる(いた)のでは。

・S&WのM10は、装填数6発のリボルバー。拳銃が見つかった際に「弾倉にまだ二発入ってる(下49P)」と椿が発言している。劇中で撃たれたのは、子母沢の殺害に1発、弘岡に1発、アリバイトリックに1発の計3発。引き算をすると、どこかでもう1発が撃たれている。この1発が11年前の玉塚を死に至らしめたものだろうか。上巻142Pで「弾も十発以上持っていたらしい」と椿は言っているので、銃はもっと使われていた可能性がある。

・11年前の事件には、木曾福島が二度出てくる。一度目は「木曾福島の駅前食堂のマッチ(上126P)」、二度目は晃子の恋人だった男性のアリバイについての「木曾福島の病院へ親戚の見舞いに行っていたんです(上192P)」というセリフ。直後に事件とは無関係だった、と続くが、本当に無関係だったのだろうか。

 

3 初日の夜にアリスたちを尾行していたのは誰か

 アリスが感じた、誰かに見られているという気配(上168P)。その後すぐにアリスは妄想の世界に突入して読者を面喰らわせるが、その妄想が一段落すると尾行は終わっている(上175P)。

 この人物はアリスたちを尾行することで、なにを確かめようとしていたのか。

 

4 協会の心変わりについて

 土曜日の早朝(正確には金曜日の深夜)に、江神に対する容疑が氷解したのはなぜか。逆説的に、金曜日の午後になって江神が急に拘束されたのはなぜか。

 前述の3、後述の7番とも関連しそうな問題。

 

5 第1の殺人(土肥)について

 江神とアリスの会話(下308P)より、犯行時刻は午後5時から13分までの間。

 ほとんどの人物に確固たるアリバイがないが、5時10分頃に部屋を出たという稲越(上362P)、同じく5時10分頃に本部に戻ったという芳賀(上397P)には正味3分程度しか時間がなく、犯行はかなり難しいと判断する。

 他に、この件については上巻のラスト(434P)でさっくりと語られた「犯行がなぜ午後5時過ぎだったのか」も重要なヒントになりそうである。こちらは後述。

 

6 ビデオを盗った目的について

(1)侵入する千鶴が映っていたのを隠すため

 しばらくはこれが妥当だと思っていたが、その先に推理が飛ばない。

 まず、犯人にとっては犯行後の出来事になるため、千鶴の侵入に気づくチャンスがない。仮に別の人物が処分したとすると、今度は死体を無視した意図が不明。そもそも一度侵入されてしまった以上、千鶴が発見されるのは(この時点では)時間の問題であり、ビデオを抹殺したところで洞窟からの侵入を隠せるわけではなく不確実性が大きい。この発想はハズレっぽい。

(2)聖洞に隠してある拳銃を取りにいくため

 シンプルに考えるとこちらが正解だと思うのだが(作中でアリスが言及し、織田も「それ正解」と言っている)、疑念も残る。

 千鶴が洞窟の手前まで何度か出入りしていたことが明らかになっており、探検して遊んでいた(下286P)というくらいだから、拳銃のような異物があれば見つけているだろう。一本道の洞窟ながら壁面には窪みもあるようなので(下298P)隠せないわけでもなさそうだが、描写からは隠しておくのは難しかったように思われる。

 一ヶ月前にあった警察の捜索で見つからなかったのは、臼井が身体を張って捜査を拒んだ(上365P)という聖洞に隠していたからとしか考えられないが(臼井は拳銃の存在を知っていたかも)、千鶴は半年前には洞窟を発見しており、警察の捜索の時点ではすでに入り口手前に到達していたことが予測され、洞窟が隠し場所として適さないことになる。

 しかし聖洞以外に適当な隠し場所があったとも思えず、ビデオを抜き取ったことからも拳銃が事件直前には聖洞にあったことは確かなようだ。もう一段階捻りが必要か。

 

7 協会が隠蔽しているものについて

(1)時効の成立

「2日間の猶予」への固執から真っ先に思い浮かび、それが11年前の事件ではないか、と半ば脊髄反射で考えた。しかし、元警察官の椿が「時効は成立していない(上118P)」と発言しており、11年前の事件が1979年10月8日(上117P)、作中時間が1990年5月21日(上329P他)であるために噛み合わない。これはハズレだろう。

(2)金銭トラブル

 となると次点の着眼点は<曜日>。土日を経て月曜まで待つ必要があり、かつ協会が関係しそうなものとなると金融機関(東京証券取引所)くらいしか思い浮かばない。

 こう仮定すると、前述5番の<犯行がなぜ午後5時過ぎだったのか>が繋がる。金曜日の営業時間終了から、次の営業開始となる月曜朝までの時間を最も長く捻出するため、ではないか。加えて下巻214Pでは、臼井が「協会の用事」で外出しており、それを勘付かれた吹雪の反応からは大きな動揺が伺える。協会は存続に関わるレベルの金銭トラブルを抱えているのではないか?

 同時に、この想像が当たっているとしても、一連の殺人事件に発展する動機には思い当たらない。金銭トラブルは協会側の都合であり、犯人はそれを知った上で別の動機から殺人計画を遂行していると見るべきだろう。

 なお、この辺りの想像については著者の別作品、『乱鴉の島』からインスパイアされた部分が大きい。インターネットに聡い協会は、世間が協会の金銭的失態に気がつく前に、資産を安全に処理しようとしたのではないか。とはいえ、類似するアイディアを積極的に盛り込むとは考えにくいので、これも的を射たものとは考えにくい。

(3)野坂公子に関するなにか

 最後に、もっともあり得る材料として、月曜日には<野坂公子が西の塔から帰還する>ことが示されている(上333P)。それまで警察に押入られたくない理由を推察すると、野坂代表に会わせたくない、という理由を想像するのは容易い。あわせて、作中後半で吹雪が千鶴や江神に代表の名前を出されるたびに大げさな反応を示しているのも気になる。

 少し飛躍して考えると、会わせたくないのではなく、<野坂代表はいない>のではないか。大事な儀式の最中に外出していることが明るみに出るのを恐れ、警察の介入を拒んでいるのではないか。代表の帰還は月曜日と決められており、それまでは外部に事実を明らかにしたくない理由とは考えられないか。

 <いない>という事実の発覚を恐れているというのは、スジとしては悪くない気がするが、では不在の理由はなにか、というのが気になってくる。下巻237Pや同316Pの吹雪の反応は、協会から永久的に野坂代表がいなくなったこと(あるいは、いなくなりそうなこと)を示唆しているのかもしれない。野坂代表は信仰を捨て、その後継として子母沢が呼ばれて一連の儀式が行われていたとすると、殺害の動機にもなりそうだ。

 その場合、下巻137Pで江神とアリスが目にした「西の塔の人影」は何者になるのか。小説に不在の人物がいるのだろうか?

 

8 第2の殺人(子母沢)について

 第2の殺人と、後段の第3の殺人は2発の花火に合わせて行われたことが作中で書かれている(下120P他)。また、午後10時の花火については、総務局と祭祀局の人間しか知らなかった(上392P)とあるため、研究局に属する芳賀と、医師の佐々木は容疑者から外れる。

 また、織田と本庄の会話(下260P)から、午後11時10分頃に弘岡の姿が確認されているため、午後10時の花火で子母沢が、午後11時17分の花火で弘岡が殺害されたと推測される。

 午後10時のアリバイが成立するのは、一緒に花火が上がる瞬間を見ていた臼井、丸尾、椿、荒木。アリバイがはっきりと確認できないのは、由良(下191P)、芳賀(下201P)、佐々木(下201P)。判断保留は、0時まで見守りをしていたという稲越。事件後間も無くから待機室にいたらしいが、それを証明するものがない。吹雪は午後10時半頃に佐々木の元を訪れている(下200P)、本庄は夜食を作って配っていた(上433P)と織田が証言しているが、いずれもアリバイとしては機能しない。青田についてはアリバイを確認できる描写がない。

 

9 第3の殺人(弘岡)について

 読者への挑戦状までに、江神によってあらかた彼の死は謎が解かれてしまっているが、8に書いたとおり犯行時刻は11時17分。この時間のアリバイについては明確な記述がない。

 解決編までに残った謎は2点。ひとつは「なぜ彼がスケープゴートに選ばれたのか」。もうひとつは「なぜ犯人はトリックを弄しながら、アリバイ工作をしなかったのか」。

 犯人が協会員と考えると、弘岡がスケープゴートに選ばれた理由は「厄日」だったから(上313P)かもしれない。

 アリバイ工作をしなかった理由は、単純にその必要がなかったから、ではないか。そもそも、今回の事件では警察の捜査が入ってしまえば科学捜査の結果、犯人は逮捕されることを承知しているはずだ。犯人はすでに本懐を遂げており、数日を無事に過ごせれば(月曜日を迎えるまで?)いいと考えているのでは。

 しかし、そう仮定すると今度は「弘岡の死体に拳銃を握らせて発砲させる」行為の意味が不明になる。アリバイ工作以外の理由から、彼に拳銃を発砲させた理由はなにか。

 パッと思い浮かんだのは「自分ではない誰かのアリバイを作って、その人を容疑から完全に外すため」だが、これによってアリバイが成立した人物はおらず、もとより確実性が低すぎて適さない。

 あるいは、弘岡の殺害は偶発的なもので、犯人は事が済んだ後で自殺に見せかけることを思いつき、単純に弘岡の手に硝煙反応を残すためだけに拳銃を発射させただけかもしれない。

 

10 聖洞で江神には、なにが「わかった」のか?

 ここの描写は、著者からの最大のヒントであるような気がする。というのも、犯行時間が狭められたこと(5参照)自体は、作中で言及されているとおり意味をなしていない。つまり、江神はもっと別のことについて仮説を抱えており、その確信を深めたのだと推察される。

 ここで重要なのは、<8歳の千鶴ちゃんには洞窟が自由に使えた>という事実ではないか。11年前の事件とあわせて考えると、<当時8歳くらいの年齢だった神倉の子供たちにも、洞窟が使えた>ということになる。該当するのは、野坂公子、丸尾、青田、弘岡の4名

 当時の少年たちに洞窟が使えたことが今回の事件のヒントになるとすれば、やはり拳銃を隠しておけたこと以外にはない。少なくとも、この4名のうち誰かが今回の事件と11年前の事件に関わっている。

 

11 マリアが聞いた協会員の会話

 逃亡中にマリアが聞いた、下巻306Pの会話はなにを意味するか。

 前提として、この話が江神に伝えられる前に解決編に突入してしまうため、このエピソードなしでも真相究明には支障がなく、純粋に読者に向けたヒントとしてのみ存在していると思われる。同時に、あんまりこだわっても事件の解決には寄与しないということだ。

 気になるのは2点。ひとつは代表の散歩ルートに11年前の現場が入っていること。もうひとつは、心配されながら同時になじられている「おやっさん」が誰かということ。

 「おやっさん」に該当しそうな風貌で、かつ「どの面下げて帰った」という行動に当てはまるのは臼井しかいない。下巻162Pの稲越の愚痴や、弘岡が嘘のアリバイを証言したことなどから、財務局長殿はあまりリスペクトされていないような印象を受ける。が、協会本部から外出するのに<帰った>と表現されるのは説明がつかない。

 本作はかなり読み込んだつもりだが、作中でこの「おやっさん」に該当しそうな人物は、臼井以外では天の川旅館の大将くらいしかいないが、大将の場合にも「どの面下げて帰った」が繋がらない。

 それ以外で唯一該当する人物を見つけた。上巻12P、物語の冒頭でアリスと正面衝突しそうになったバンの運転手である。アリスは「オヤジさん」と形容している。このバンの運転手がそうなら、「どの面下げて帰った」も当てはまるが、だったら話がどう繋がるのかはわからない。

 

12 アリバイのある人たち(犯人ではないことが確定)

 さて、それでは本題に入ろう。

 読者への挑戦状にて「犯人は独りで立っている」とあることから、単独犯であることが想定される(違っていたら作者は底意地が悪い)。よって、3つの殺人事件において、ひとつでもアリバイが成立する人間は犯人候補から外す。

 アリバイが成立しているのは、臼井(8参照)、丸尾(8参照)、椿(8参照)、荒木(8参照)、芳賀(5、8参照)、佐々木(8参照)、稲越(5番)。君たちは犯人ではない。帰ってよし!

 

13 アリバイのない人たち(犯人候補のみなさん)

 犯人の可能性があるのは以下の人たち。一人ずつ穿った見方を加えていく。

・由良

 協会側の胡散臭い人間として真っ先に登場。いかにも犯人っぽいが下巻239Pからの推理パートが演技だったとも考えにくい。江神の拘束に動いたのは由良の判断だったようであるし、その拘束を解いたのも彼女だったようだ。

 協会の隠し事には深く関わっているようであるが、それゆえか犯人の動機にも見当がついており、独自に犯人探しをしているような印象を受ける。それにしてはどうにも態度が中途半端だが。

・吹雪

 臼井と組んでなんらかの策略を巡らせているようであるが(7番参照)、協会員にどこまでそれを明らかにしているのかは謎。おそらく局長クラスしか知らず、由良や丸尾などの幹部候補生も詳細は知らされてはいないのではないか。

 野坂代表に対する反応が、彼女だけ妙に大げさなのが気になる。彼女だけが、協会の隠し事に関する事態の深刻さに気が付いているのかもしれない。

・本庄

 椿も気にしている、午後5時頃の手際の悪さが引っ掛かるが、それ以外には怪しい要素はあまりない。

 野坂代表不在説を採ろうとすると、塔に食事を運ぶ係だった彼女も当然その策略に関与していることになるのだが、信仰心の強い彼女を懐柔できるか気になるところである。彼女はあまり演技や隠し事が上手ではなさそうなので、協会存続の危機が迫っているのであればもっと混乱していそうだ。

 また、事件二日目の朝は彼女の代わりに芳賀が野坂代表のところに食事を運んでおり、芳賀にも不在がバレることになる。今更ながら、代表不在説は苦しいのかもしれない。

・野坂代表

 最初に通読したときには、犯人は野坂代表で、協会内部の人間があらゆる手を使って犯罪を隠蔽し、犯人候補に罪を着せるために暗躍しているというのが本書の大筋なのでは、と見当をつけていた。というか、<読者への挑戦>で「犯人は独りで立っている」という断言がなければ、この全員犯人説を採択していたところだった。

 代表が犯人だった場合、協会内部を出歩いているのを見られただけでアウトになってしまうため、代表は教唆役であり実行犯は別にいることになる。たとえば実行犯として動いた弘岡が最後に始末された、と考えると一連の犯行は可能となる(始末は当然また別の協会員ということになるが)。

 一方で、よりによってゲストがいるときに一連の犯罪を起こした理由に説明がつかない。なんらかのアクシデントにより犯行を急ぐ理由があったのかもしれないが、作中でそうした要素を見つけることは難しい。

 くどくど書いてきたが、この大長編で動向が不明の代表が犯人というのは反則技だと思うので、可能性は低いように思う。想像することは不可能ではないが、それを肯定する描写もないのだ。

・その他の人物

 天の川旅館のみなさんもそれなりに怪しいところはあるのだが、せいぜい協会の回し者レベルではなかろうか。本作は登場人物のリストが非常に長いが、事件発生時に協会本部内にいなかった人間が犯人ということはないだろう。これで協会内に潜んでいた熊井誓が犯人で、設計者だけが知る秘密の通路を使っていた、とかだったら逆に驚愕するけども。

 さて、長い長い茶番にも終わりの時が近づいてきた。次で犯人を指摘する。ジッチャンの真実はいつもまるっとお見通しだ!

 

14 犯人は?

 もうこの人しか残っていない。

 今更ながら、13で挙げた犯人候補たちに共通する<犯人でない理由>として、「聖洞に拳銃を隠すことができなかった」ことが挙げられる。10で書いた通り、凶器となる拳銃は11年前に子供だった犯人が聖洞に隠し、いまになって使用したとしか考えられない。拳銃は洞窟探検をしていた千鶴に見つけられないように隠されていたことになり、拳銃の存在を聞かされただけの人間では、土肥殺害後の限られた時間で拳銃を見つけることは難しかったと判断する。

 11年前の事件は、密室の謎こそ解けないものの(千鶴が倉庫で見つからなかったトリックの応用だと思うのだが、しっくりこない。椿がドアチェーン越しに覗いたときと扉を蹴破ったときはドアの裏側に、窓側に回り込んだときは窓際の壁下に隠れたのだと思うが、後者については上巻137Pで「人間が隠れるスペースはありませんでした」と断言されている。子供ならできた?)、単純に玉塚が自殺し、闖入した子供が鍵を掛け、拳銃だけを奪ったと考えられる。

 同じく、2番で触れている「灯籠を持ち出した理由」も、洞窟の中に拳銃を隠しに行くのに使用したのではないだろうか。5番で指摘したとおり、土肥の殺害に使えた時間は最大で13分間と非常に短い。聖洞の入り口(協会側)に近いところでないと、千鶴と鉢合わせる可能性すらあった。拳銃を盗った子供は、洞窟探検のために夜中に現場に戻ったのではないか。放火騒ぎは、灯籠の火によるなんらかのアクシデントだったのではないか。 

 動機の推測としては、彼は早くに母親を亡くしており、次いで父親も事故で亡くなっている(上374P)。協会の会祖に「母親を殺された」と思い込んでの犯行ではないだろうか。つまり彼は、協会への復讐のために事件を起こしたのであり、そのために協会の今後を背負う人間を手に掛けたのではないか。

 色々と不明な点はあるし、至らない推理であることも承知している。しかし、方向性は合っていると思っているし、犯人にはおそらく間違いない。

 犯人は、青田好之だ。

 

15 おまけ

 以上、なんやかやで一万字を超えてしまった。

 通しで読んだ回数だけで8回。このメモを書き出してからは、要点を抜き出すように読むこともあったので、二ヶ月近くこのミステリーにつきっきりだった。おかげで、謎解きに関してはこれまでにない達成感と手応えを感じている。これで思い切り外していたら恥ずかしいが、それはそのときだ。

 ひたすらこの物語を追いかける中で、登場人物たちのこともすっかり好きになってしまった。EMCの面々はもとより、胡散臭い協会の人物も、物語の舞台の神倉も、見たこともない人物や風景が、いまでは映像となって脳裏に描けるようになっている。

 この記事をアップしたら、いよいよ解決編へと読み進めよう。楽しみでもあったのだが、少し残念な気もする。まるで卒業式を迎える学生時代のようだ、と言ったら言い過ぎか。

 

 最後に、解決編に向けた希望を。

 ちょっとした(人によっては大きいかも)ネタバレになってしまうが、江神探偵はこれまでの長編作品において、いずれも犯人の命を救うことにだけは失敗している。江神には防げなかった死もあったし、犯人の死によってしか救われなかった決着もあった。決して江神だけの落ち度という訳ではない。

 それでも今作では、できるなら犯人をも掬い上げる、完璧な名探偵ぶりを拝めることを期待している。

 さて。続きを読むのが楽しみだ。