でろでろ汽水域

読書感想にかこつけた自分語り

ゆく年くる年2023

 2023年は自分の人生においてもっともカラフルな一年だったと言っても過言ではないと思う。シゴト以外のことで週末の予定が次々に埋まり、週・月・シーズンごとにやるべきことや目標が定められ、それに向かって緊張感を持ちつつも楽しみながら挑むことができる日々は特別だった。有り体に言えば輝いていた。
 こんなに日常が輝いていたのは大学卒業から社会人なりたての頃にかけて、すごくかわいい彼女がいたとき以来ではないだろうか。すごくかわいい彼女だったのでフラれてから通常状態に戻るまでに5年くらいかかった。ともすればまだ通常状態には戻っていないかもしれない。彼女にフラれたとき、私の人生は失敗した、と思ったし、その後の人生に関してはロスタイムになるだろうなと感じた。付き合っていた約4年間を超えるような喜びはこの先ないだろうし、この失恋以上に喪失感を味わうこともないだろうと思った。自分の人生はいまピークを終えて、あとは下っていく一方なのだろうなという実感とその暗い質感はいまでもありありと思い起こすことができる。なんか変な方向に脱線してきたな。いずれにしても私の隣は長いこと空いております。あまりにも綺麗な空白は、形となって存在するのです。
 冗談はさておき(冗談でもないけど)この歳になってこんなに新しく挑戦する機会や楽しい出逢いに恵まれたことは本当に僥倖だった。まずは、お世話になった方や仲良くしてくださった方に心から感謝を申し上げたい。今年一年、ありがとうございました。来年もよろしくお願いします。
 今年はそれなりに良くないことも起きた。良くないなりに良いほうに着地したとは感じているので、トータルで考えればカラフルさにバリエーションを与える役目を果たしたと思って受け入れている。なにしろ四十路になったのだ。失うことや衰退することにも抵抗力を付けていかなければなるまい。それはそれとして愉快に生きていけるように、今後も自己を肯定していけるような考え方と生き方を実践していけるようにしたい。
 それではだらだらと振り返っていこう。おそらく例によって長くなると思うので、休み休みお付き合いいただければ幸いである。

 

【1月 欅の記憶・蓮のトキメキ(けやはす)でスタート】

 最初からクライマックス。14日と15日にミルハス開館記念の県民市民参加型ミュージカルが丸一年近くにおよぶ稽古期間を経て本番を迎えた。すでにこの稽古期間がべらぼうに面白くて2022年も記念碑的に楽しい年ではあったのだが、今年はそれをさらに超えた充実感が待ち受けていた。「けやはす」については別の記事にうんと書いてあるのでそちらを参照されたい。
 カラフルな年、と表現したがその色はすべてこの舞台で用意されていた。この舞台でつながったものが玉突き事故を起こすように新しい出会いや出来事を呼び込んで、忙しくも楽しい日々が赤いカーペットを敷くがごとく広がっていくことになった。

 年が明けてすぐに本番だったが、世間はいまだコロナ禍の真っ只中にあった。とにかく体調不良だけが恐ろしく、年末年始の人混みなどはまさに感染リスクの塊に思われたため、初詣も初売りも完全無視で引きこもった。親戚を含めて人と会うのは最小限、思い出したら手洗いうがいと神経質な年始を過ごした。
 三ヶ日が明けるとすぐにコンタクトレンズを作るために眼科を訪ねた。役作りのために必要だと思って作成したのだが、付けてびっくりコンタクトがこんなに便利なものだとは思わなかった。さほど違和感や不快感もないし、一番心配していた取り外しも案外スムーズにいけた。10年早く試せばよかった。いまでは公私ともにコンタクトを愛用している。

 ミュージカルが終わって、ここでまた人生のオモシロがひとつ終わってしまったな、と寂しい気持ちになっていたのだが、いま思えばこの終わりは新しい始まりの幕開けに過ぎなかった。この一年が終わる頃、気がついたら私の趣味は舞台活動になっていたのである……。

 

【2月 けやはす慰労会と額のホクロ】

 生活の一部となっていた「けやはす」が終わったロスも癒えぬまま月を跨いで2月。メンバー有志で慰労会が開催されることとなり、日が近づくにつれて遠足間近の小学生のようにソワソワし始めた。メンバーとは長いこと稽古はしてきたものの、感染リスクを抑えるために一緒に食事をしたりお酒を飲んだりする機会はほとんどなかったため今回の集まりは本番同様に大事な機会だと思っていた。
 そうして臨んだ慰労会は想像以上に楽しかった。会場は脚本からメイクまでお世話になりっぱなしの「わらび座」さんが鎮座する温泉宿ゆぽぽ。小劇場で『青春するべ!』を観劇し(プロが心血を注ぐ舞台は本当に素晴らしかった)、ソーラン節を踊り、田沢湖ビールが飲み放題というヤバい宴会コースに心が踊った。これまであまり深く関わることができなかった演者さんと話をしたり、制作陣の先生方のご意見などを伺ったりしながらピルスナーを湯水のごとく飲んでいるうちにベロベロに酔っ払ってしまった。そのためにすごく楽しかった印象は覚えているのだが、詳細はアルコールに焼かれておぼろげだ。せっかくご縁のできたメンバーとまたなにかできるのではないかという予感は確信に変わり、今後の活動にも楽しみな気持ちが大きくなった慰労会だった。

 その慰労会に出掛ける数日前のこと。舞台に立ったことで自分の見え方にもちょっと興味が出てきた私は、自分の額にあるホクロがだんだんと気になり始めていた。このホクロ、思い返せば10年ほど前からあるのだが数年前から大きくなってきているような気がしていた。しかもたまに出血することがあってシャツやタオルが汚れるのも煩わしく感じていたため、美容手術的なもので切除できるのであればそうしようと思い立ったのだ。
 そして診察を受けた皮膚科で「たぶん皮膚癌の一種です」と診断されたものだから心臓がハネた。驚いたなんてものではない。考えてみてほしい、癌と診断されたのだ。こないだ初めてミュージカルの舞台に立って最高の気分だと染み染み感動してひと月も経たないうちに今度は癌である。朝ドラか。
 幸い、外科手術で切除できる類のものであり、術後の経過も良好であるが、当時は本当にびっくりして気が動転していた。このあたりの話もブログの別記事にまとめてあるので興味があれば読んでみてもらいたい。

 26日には能代ミュージカル『いのちが芽吹く街〜能代大火物語〜』を観劇に出かけた。同じ市民参加型のミュージカル、しかも栗城先生の脚本とあって「自分だったらどう演じるか」や「けやはすキャストならこの役はこの人かも」などと想像を膨らませながら楽しんだ。ダンスや生演奏などの演出や大火を表現する強烈なスモークなどの舞台効果を体感していると「観客としてより、役者としてこの舞台に立ちたかったなあ」と思えてしまった。自分が演劇沼に両足を突っ込んでしまったことを自覚した日であった。

 

【3月 3.11を忘れないし、3.22もたぶん忘れない】

 あっという間に年度末を迎えた。仕事柄、年末よりも年度末のほうが忙しい。せっせと年内の用事を片付けながら新年度の準備を進めつつ、3月11日土曜日のイベントに向けてマンドリンの指ならしをするなどしていた。
 「歩きましょう通信〜3.11を忘れない〜」は由利本荘市のカフェレストラン「RIVER ROAD」を会場に、まさに東日本大震災があったその日に開催された。毎年セリオンに出店する牡蠣小屋店主の嶋田さんと、イベントの主催者であるビルカワさんが震災に関わる世間話をしたことをきっかけにお知り合いになられたことからスタートした企画である。人生にはときどき不思議な出会いがある。私もこの2年でつくづくそれを味わっている。
 「けやはす」の劇中に『上を向いて歩こう』を歌うシーンがあるのだが、それは「千の声を届けよう。from AKITA」という実際にあった震災にまつわるイベントがモデルになっている。今回の企画では、それを再現するメンバーとして歌わせていただいた。改めて震災によって変わってしまったもの、変わらずにあるものを考えるとともに、一緒に参加した「けやはす」メンバーのパフォーマーとしての力量の高さに驚かされた。自分も半端なことで満足せず、なにかきちんとできるようにならなくてはという焦りと向上心が心根に植え付けられる機会になった。

 この頃から、茂木美竹ミュージック・ルーム主催のミュージカル『アラジン&CATSハイライトメドレー』(以下、アラジン)も動き出した。出演する子どもたちと顔合わせを済ませ、歌や台本をさらっていく楽しくも難しい日常が帰ってきたことに気分が高揚した。世界的に有名なヴィランであるジャファーを演じられるとなれば、張り切らないわけがない。心に悪役の人格を住まわせながら生活するのはとても楽しい経験だった。

 そしてWBC勝戦で伝説的な大谷対トラウトの末に優勝を決め、日本代表が歓喜シャンパンファイトをしている最中、私は2月に癌と言われたホクロの切除手術を受けていた。局部麻酔だったため術中の会話(アレとってきて、ココ抑えて)や音(患部をジョキジョキ切る音、焼いて止血する音)がモリモリ聞こえてきたため生きた心地がしなかった。天国と地獄はすぐ近くに共存していると実感した。

 

【4月 観劇三昧】

 春の訪れとともにイベントが活発になってきた。これまで観劇に出掛けるということがなかったのだが、一度舞台に立ってしまうとほかの舞台も見てみたいという好奇心がモリモリ湧いてくるものだ。それに「けやはす」メンバーが出演するとなればなおさらである。

 まずは2日にウィルパワーさんの『箱の中の海』を観劇。「けやはす」で主人公姉妹を演じたお二人が出演とのことでワクワクしながら会場に向かった。文化創造館のコミュニティスペースを使った特殊な劇空間を活かし、手が届く範囲で展開する物語には独特の魅力があった。ダブルキャストの演劇を初めて鑑賞したのだが、演者が違うと同じ台本でも印象が変わるなあと思いながら鑑賞した。そして、キャストに隙がないと物語が破綻せず集中力を持ったままフィナーレまで持続することも実感した。そのときに得られる感動はひと塩だ。これからも演劇をやりたかったら求められる水準はここだぞ、と見せつけられた気がした。

 22日には横手市の劇団ほじなしさんの『ウェルカム・ホーム!』。こちらには「けやはす」で政光様を演じたGUNJIさんと教頭先生のジュンペイさんがゲスト出演されるということでウキウキしながら会場に車を走らせた。2時間近い長尺の芝居を観るのは初めての体験だったが、予測できない展開の数々と我らが政光様がたびたび困り果てた犬のような顔でくしゃくしゃになるのが面白くて目が離せなかった。

 地元秋田で活動する劇団の公演に触れ、芝居の面白さがますます骨身に染みた。そしてミュージカルで知り合った演者の方々が、そのときとは全然違う演技をすることにも驚かされた。そういう振り幅みたいなものも身につけなければと感じた。
 早くもその機会が提示される。4月末に『村田さん』の実施に向けた顔合わせの飲み会が某所でこっそり催されたのだ。ここから11月の本番まで続く稽古で私はさまざまなことを学んでいく。それもブログの別記事にまとめてあるのでよかったらどうぞ。

 

【5月 引き続き観劇三昧&次は俺の出番だ】

 5月も観劇三昧の休日が続く。GWは『卯の花くたし』とササキとゴトウの『中通ヒルズ』を観劇。
 『卯の花くたし』はリーディング公演という朗読劇の手法を取り入れた公演で、初めてココラボラトリーにお邪魔した。役者と観客の距離の近さ、音楽と朗読による構成が不思議な空間を醸成していた。
 その足で『中通ヒルズ』の観劇に向かった。こちらには「けやはす」メンバーが参加しており、しかもコントの舞台ということでどんなものが見られるのかとワクワクしながら席についた。
 『中通ヒルズ』は視聴者巻き込み型コンテンツを自称しており、出演者オーディションや稽古の様子などをYouTubeで紹介していた。そのチャンネルで本番の一週間ほど前に、主催者である「ねじ」のササキユーキさんとゴトウモエさんが、出演者に対してどう思っているかを演者ひとりひとりにかなり時間をかけて「ダメ出し」をする回があった。それぞれの演者に期待していることや舞台に臨むうえでの心構えなどをユーモアを交えながら訥々と解説していくのだが、これが本当に興味深くて面白かった。演者と舞台への強い執着があるからこその愛のある「ダメ出し」であるし、メンバーへの信頼感があるからこそ本番直前のタイミングでそれを公開できるのだろう。そうした映像を見てきただけに、本番への期待はストップ高になっていた。
 そうして迎えた本番の2日間、初日夜と千穐楽の公演を観劇したが、どちらも面白かった。大笑いした。「けやはす」メンバーがコメディ色全開で躍動する姿は頼もしくもやはりおかしかったし、なによりプロの芸人はここまで面白いのかと圧倒された。主催者と出演者の「秋田で面白いものをやるんだ!」という熱意がステージから発散されていたのに心打たれた。ササキとゴトウのプロジェクトは2024年のGWに第2弾の実施が決定しており、次はなにが見られるのか期待は高まるばかりだ。ぜひぜひ秋田のGWにおける名物行事に成長してもらいたい。

 興奮も冷めやらぬ21日、今度は文化創造館で演劇ユニットRHマイナス6さんの『エレクトリック・ポップ』を観劇。昨年拝見した『彼岸ノカナタで僕と握手』で目力のヤバい演者がヤバい圧でヤバいセリフや動きを繰り出す姿に衝撃を受け、今回の公演も楽しみにしていた。今回はジュンペイさんも狂気の舞台に加わるというから必見である。
 個人的にRHマイナス6さんの舞台で楽しみにしているのが特撮技術を取り入れた演出である。円谷ファンだった私に刺さる設定や舞台道具が次々飛び出すためニヤニヤしてしまうのだ。今回も気合の入った銃撃戦のシーンがあったり、いかつい延命装置が登場したりとウキウキする演出の連続だった。「くっだらねぇーを全力で」の精神を体現した消費カロリーの大きいアクションとすっとこどっこいな展開の連続は見応え抜群。公演後しばらく「ばんばんきゅっきゅばーんばんきゅっきゅ」のメロディが耳にこびりついて離れなかった。

 刺激的な公演を立て続けに観劇し「自分も舞台で!」という気持ちは否が応にも高まる。幸いなことに、その気持ちを発散できる『村田さん』と『アラジン』の稽古が毎週末に組まれるようになった。経験不足の自分には、どの稽古もやるたびに新しい発見と喜びが満ちていた。稽古への熱が高まる中で、季節もまた春から夏へと温度を上げていくのであった。

 

【6月 家族と一緒】

 6月は家族に関わる出来事の多い月だった。妹が婚約したため、お相手のご家族との顔合わせということで東京に家族で出かけた。私の両親は大学進学のために上京しており青春時代は東京で過ごしている。そうは言ってもほぼ半世紀前の出来事なので、おのぼりさん状態で束の間の東京散策を楽しんだ。
 妹の婚約者の方とは前もって秋田で一度食事をしていたが、今回は家族同士の対面ということで緊張気味の顔合わせになった。お互い食事をしてお酒を飲んで、気持ちよく打ち解けられたと思う。未婚の長男であり四十路になってしまった私には親戚一同からのプレッシャーはより強まることと察せられるが、まあそれはそれだ。妹が新しい家族を楽しく健やかに営んでいけることを祈っている。いま帰省してきて同じ居間にいるがひたすらポケモンスリープをやっている。大丈夫か。それでいいのか。

 東京から帰って間もなく、今度は母が手術で短期入院するため付き添いをした。本当に今年は短期間で落差の大きい出来事が起こる。精神がジェットコースターに乗っている。幸いなことに手術は難儀なことにならずに完了し、術後の経過も良好ということで早々に退院できた。
 2月のホクロの件で自分の健康が保証されたものでないことはしみじみと実感させられたが、今月は元気な両親と暮らせるのにも時間的な制限があることを突きつけられた。時間は大切に使おうと、改めて思い直す機会になった。

 

【7月 観劇のために県内をうろうろ後、水害】

 またしても県内各地に観劇に出かける月になった。
 7日は由利本荘市カダーレでOKAMI企画さんの『たんとかだっていってけれ』を観劇。秋田出身で東京で活動している真坂雅さんが、地元で公演する機会を作るために立ち上げた情熱あふれる舞台である。実は先んじて出演者募集を見かけたときにエントリーするかかなり迷ったのだが、直後の8月には『アラジン』があるし『村田さん』も煮詰めなければいけないし、いまの自分のキャパシティでは難しいと判断して今回は観客として楽しむことにした。
 こちらも「けやはす」メンバーや、これまでに観劇した舞台に立っていた役者さんが登場し、笑いありシリアスありの物語が展開するのを大いに楽しんだ。どの演者さんもよかったのだが『たんとか』で特に度肝を抜かれたのは真珠さんの演技。「けやはす」での立ち振る舞いから只者ではないとは思っていたが、只者でないどころかすごい役者だった。常識の枠を平気でぶち破ってくるうえに、しかも演技に説得力がある。後にメンバーと意見交換したときも「真珠さんにはマジでやられた」「もっと見たいよね」と頷き合った。1月の舞台に秘められていたポテンシャルの高さを再確認した公演だった。
 雅さんの演技にもゾクゾクさせられた。軽薄な高校生から憂いを帯びた青年まで、演じるキャラクターで発揮される色が全然違うのだ。芝居を成立させるパワーが強く、物語がぎゅっと固まるような印象が常にあってただただ「凄いなあ」と唸っていた。舞台上ではものすごいのに合間のMCがぽんこつ気味なギャップもとても面白かった。
 また来年も同じような企画があるのだろうか。次の機会があるなら、そのときはぜひ挑戦させていただきたい。

 翌8日は小坂町の康楽館まで『松竹大歌舞伎』を観劇に出かけた。母が歌舞伎のファンでチケットを取ったのだが、先月医者にかかったばかりということもあって遠出を控え、代わりに私が行くことにしたのだ。ロングドライブを経ていざ会場に着いてみたら花道の真横にあるSS席中のSS席でびっくりした。母の無念やいかに。きっちり土産話をしてやろうと前のめりになった。
 歌舞伎の知識があるわけではないので物語に集中できるか心配していたのだが、パンフレットに芝居のストーリーや見どころがまとめられていて、初心者にもわかりやすかった。リアルタイムで解説を聞くことができるイヤホンも配布されていたが、それを使用しなくても十分に芝居を楽しむことができたと思う(私も使わなかった)。
 初めて見る歌舞伎だったが、さすが大衆娯楽という感じで演者の表情や動きを見ているだけでも迫力があって面白かった。セリフや拍子のリズムと役者が一体となって舞台を躍動する姿は力強く、美しかった。舞台装置も想像以上に大掛かりで見応えがあり、こんなことを言ったらファンの方には怒られるかもしれないが舞台からもお客さんからもミュージカルに挑むそれに近いものを感じた。

 素晴らしい公演を立て続けに見てホクホクした心持ちで過ごしていたのも束の間、月の半ばに日常が一変する。秋田県全域に降り続いた大雨によって、秋田市中心部を流れる太平川が氾濫。市街地において大規模な浸水被害が発生した。
 見知った風景が泥水に沈む姿に言葉を失う。通勤途中でいつも見かける旭川が、溢れんばかりの濁流となって絶え間なく飛沫を上げる。水没した明田地下道に、そこかしこにフロントまで水没して放置された車両が映る。
 とても舞台を楽しむなどと言えるような状況ではなくなってしまったと、当時の私は思っていた。

 

【8月 気を取り直してアラジンに全力の夏】

 仕事柄、被災対応に動くことが増えた。言うまでもなく大雨の被害は甚大で、月を跨いでも全容が見えないほどであった。加えて今年の夏はとにかく暑く、それがじりじりと体力を奪うような印象があった。秋田市内の被害も大きかったが五城目町では断水が長引くなどさらに厳しい状況が続いており、毎日のニュースを見るのが辛かった。
 それでも復興のために笑顔で頑張る人たちがいて、全国から支援物資や応援のメッセージが続々と届く中で「直接被災したわけではない自分は、日常を元気に頑張ることが最優先だ」と思い直した。同じような気持ちで日々を頑張ろうと考えている人が多かったのかもしれない。被災の直後ではあったが竿燈祭りは盛大に開催された。

 13日、ミルハスでわらび座さんの『祭シアターHANA』を観劇した。舞台と客席が一体となる構成の斬新さはもちろんだったが、それ以上にステージを舞う演者の艶やかさや和楽器の力強さに圧倒された。東北各地の踊りを取り入れた演舞も見応えがあったが、個人的にはコロナ禍を表現したパフォーマンスがコミカルでありながら不気味な閉塞感をじわじわ伝えてくる構成で面白かった。まさに、わらび座さんにしかできないステージだったと思う。本当に感動的なスペクタクルだった。

 そして27日、半年近く稽古を続けてきた『アラジン』の本番を迎えた。こちらも詳細についてはブログ内の別記事にブワーっと書いてあるので興味があればどうぞ。
 先に触れた『HANA』を見て大感激したミルハス中ホールの舞台に立てることは誇らしかった。なにより1月のミュージカルを終えた直後、上手に鎮座する神棚に「またこの舞台に立てますように」とお願いして半年と少し。いろいろな舞台を観劇して、どんな舞台にしたいのかを考える日々を送りながら再び舞台に立てることは本当に嬉しかった。
 正直なところ『アラジン』はやるべきことをすべて終えて100点の状態で臨めた舞台ではなかったと思う(先生ごめんなさい!)。練習不足なところや、もう少し煮詰めたらさらに良くなったと思われる要素がいくつもあった。それでもたった一度きりの本番は、これまでやってきたどの稽古よりも力の入った舞台になった。子どもたちの本番での集中力と度胸には驚かされた。また彼ら・彼女らと一緒に舞台に立てる日を楽しみにしている。

 

【9月 観たりやったりで忙しかった暑い秋】

 ひとつ本番を終えてホッとしたのも束の間、今度は11月の『村田さん』が見えてきた。舞台に立つことでますます次に立つ舞台があることが本当に嬉しく感じられてくる。気がついたらもう演劇沼に腰あたりまで浸かってしまっていた。

 9日、大町のSWINDLEに『バトルフェス』を観に出かけた。SWINDLEは秋田市では貴重なライブハウスであるが、そこで開催される格闘技イベントとなれば斬新である。そしてこちらも「けやはす」メンバーが関わっている。つくづくタレント揃いだ。
 かつてK -1ブームがあった際には、私も熱心に格闘技を観ていた。ガオグライ・ゲーンノラシン選手のスピードで相手を翻弄して素早い一撃を打ち込むスタイルには心底痺れたのを覚えている。逆に言えば、それ以降の格闘技シーンとなるととんと記憶にない。久しぶりの格闘技、しかも生で見るとなれば初めての経験である。開催を楽しみにしていた。
 「けやはす」では蓮の精として舞台を牽引したふーちゃんと欅ダンサーズの部長(ほかの呼び方が思い浮かばなかった)がリングの上でテンポの速い曲に合わせて艶やかに踊る。闘う男たちをレフェリーとしてさばくのは「けやはす」で医師やナマハゲとして舞台に立っていた浅野さんだ。「けやはす」のイメージが強い私にとってはかなりカオスな空間であったが、リングに立つファイターたちのエネルギーの強さをビシビシと受けながら、ステージは生き物であるなと改めて感じることができた。

 20日にはミルハスで落語寄席を初めて観劇した。『笑点』でお馴染みの三遊亭好楽さんが見られるとあってミーハーな気持ちで出かけたが、落語家の表現力と引き出しの多さに驚かされた。声色や癖の違いで人物を演じ分け、ちょっとした仕草で走っているかのように見せたりと座布団の上から動かないにも関わらず、空間を広く使った芝居を見ているような感覚を味わえた。私でも知っている有名な噺もあったが、実際に物語が展開していくのに立ち会うのは新鮮だった。また機会があれば観劇したいと思う。

 また、この月にはダンスで表現活動を行なっている bumper stickers さんのダンスレッスンにも参加させていただいた。「けやはす」でふーちゃんと蓮の精コンビを務め、『中通ヒルズ』に『たんとかだっていってけれ』に『アラジン』にと今年大活躍だった「ほんちゃ」が所属するダンスグループである。共演したご縁で声をかけていただいたのをきっかけに、若者のダンスを間近で勉強させてもらった。私も身体がついていけば一番良かったんだけど、ちょっとおじさんには辛かったです。
 bumper のみなさんのダンスは、テクニックはもちろんだが音楽への理解度や協調性がとても高く、表現のひとつひとつにメッセージが感じられて演技の幅を広げようとしている自分には見ているだけでも非常に刺激的だった。練習の「パフォーマンスを教える・覚える」というメカニズムもロジカルなところと実践していくところの差が明瞭で、練習への考え方や姿勢について考え直すことが多かった。怪しいおじさんを暖かく迎えてくれた bumper のメンバーには感謝している。本当にありがとう。

 30日、わらび座さんの『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アキタ』を観劇。パワー。舞台から発せられるパワーの強さに終始圧巻された。本作は登場人物がだいたいずっと迷っている。「これだ!」という答えに飛びついてラクになりたいという気持ちを抑えながら苦しんで、ずっとずっと迷っている。観ていて辛くなるシーンも多かったが、演者さんの熱意と明るさが最後に救いを見つけ出す構成がご時世も重なって感動的だった。恒例の舞台後の役者挨拶はアゲハ役の冨樫美羽さんだったのだが「自分の役者としての役割は、真実の言葉を伝えていくことだ」と力強く語られていたのが格好良かった。散々迷って足掻いてそれでも導き出した答えを発する生身の身体というのは尊いものだ。そんなことを考えながら、一緒に観劇に来た仲間たちと固いプリンを目指して帰路についた(事実)。

 

【10月 ノアノオモチャバコの衝撃と大館市への遠征】

 7日。真坂雅さんが所属する演劇カンパニー、ノアノオモチャバコさんのワークショップに参加した。『たんとかだっていってけれ』の演者が奔放に動きつつもぎゅっとした舞台が印象的で、その魅力の端緒が掴めればと思っての参加だった。
 会場に到着すると、同じくWSを受講するメンバーがみんな見たことある人たちで面白かった。演出の寺戸さんから、台本・脚本に臨む姿勢やそれを演技に活かすためのコツを具体例を交えながら教えていただき、それを雅さんと模擬台本で実践するという流れだったが、自分がやるのも面白く、参加したほかのメンバーがやるのを見ているのも楽しかった。

 翌8日は、大館きりたんぽまつりに足を伸ばした。きりたんぽを食べに行ったわけではない、先に紹介した bumper stickers さんのステージを観に出かけたのだ。練習で完成度を上げていく様子を間近で見学していたが、たくさんのお客さんの前で躍動するメンバーは本当に輝いていた。お客さんと一体になった舞台には「ダンスを通じて元気を届けたい」という bumper の気持ちもきっと届いていたと思う。

 22日に再度大館市に遠征。今度は大館市民劇場さんの『大森さん家の困った日常』を観劇した。「けやはす」で主人公・明子の相手となる孝三を演じ、来月の『村田さん』でも共演する安達さんが登場する芝居である。
 客席にキャストが登場してのスタートし「けやはすみたいじゃん」とワクワクしているうちに幕が上がり、リビングを再現したセットがドンと現れたときの衝撃は大きかった。個性的なキャラクターに、その辺にいるおじさんとしか思えない登場人物がうまく溶け込んで物語が進行していくのが楽しかった。

 27日、ミルハスでノアノオモチャバコさんの『ノア版野鴨』を観劇。目の前、と言って差し支えない距離で展開する芝居の迫力に終始心を持って行かれた。怒りや苛立ちの表現が放つ臨場感が圧倒的で、舞台が終わってからもなかなか心拍数が元に戻らなかった。
 先に参加したワークショップで触れたことが巡り巡って昇華されるとこうなるのか、いやしかし、どれだけ溜めや発散を意識するとここまでの表現ができるんだ、そんなことをぐるぐる考えながらその後の稽古に臨んだ。ひとつ、自分が辿り着きたい到達点を見たと感じた舞台だった。

 

【11月 来たぞ、村田さん】

 ついに『村田さん』の本番を迎えた。半年以上稽古してきた舞台を迎える緊張と、ようやく見せることができるという高揚感を同時に味わいながら喪服に袖を通した。
 『村田さん』についてはひとつ前の記事にモッサリ書いてあるのでそちらを参照してもらいたい。とにかく楽しかったし、勉強になった舞台だった。また同じように舞台で感動するために、いまから準備をしていきたいと思う。

 13日、ミルハスで劇団四季クレイジー・フォー・ユー』を観劇。初めての劇団四季だったが、なんていうか最高だった。これはリピーターなりますわ、同じ作品何回も観ますわとすべてのポジティブな意見を赤べこのように首肯しながら人生初スタンディングオベーションも決めてきた。本当に素晴らしい以外の言葉がない。
 私は2階席から観ていたために演者さんの表情までははっきり見ることはできなかったが、代わりにダンスのフォーメーションを俯瞰でバッチリ観ることができた。あの躍動感とパッションに訴えてくる強烈な印象といったら! 凄まじい多幸感に身を包まれるあの特別な時間は、本当に特別で感動的だった。さすが世界に誇る劇団四季だ。

 18日と19日、THEボトルキープスさんの『青いアネヘラの女/Shutter』を観劇。ホラーがテーマの芝居で会場はココラボラトリー、学校の教室を思わせるシチュエーションがマッチして物語を楽しむにはいい雰囲気だったと思う。しかも18日は天気が極めて悪かったのだが、ちょうどビビらせるシーンで雷が鳴ったのは天に愛されているなと感じた。
 『村田さん』で謎の愛人を演じたふーちゃんが今回は謎の雪女として登場。どこまでが本気でどこからが嘘なのか弄ぶような雰囲気や台詞回しが印象的だった。RHマイナス6の藤盛さんが重心の低い演技をされていたのも新鮮だった。ホラーやサスペンスは私も挑戦してみたい分野なので今回の観劇は刺激になった。

 24日は休みをとって仙台への弾丸遠征を決行し、劇団檸檬スパイさんの『エデン521』を観劇した。未来を舞台にしたポストアポカリプトの世界に生きる一癖も二癖もあるキャラクターの息遣いが聞こえるようで面白い舞台だった。照明が美しい自然光から不安を煽る警告的な明滅まで幅広い演出効果を産んでいて驚かされた。パンフレットに挟み込まれたチラシの多さに仙台でのパフォーマンス文化の強さを思い知らされた。

 

【12月 さよなら2023年】

 いよいよここまできた。あと30分で日付が変わってしまう。急げ。
 2日と3日、シアター・ル・フォコンブル プロデュース公演『異人たちとのクリスマス』を観劇した。
 会場が『村田さん』と同じミルハス小ホールだったことに少し懐かしさを感じたり、ストーリーの根幹が今年四十路を迎えた自分には刺さるものだったり、ご縁ができた方やこれまで活躍を客席から見届けてきた方が作り上げる舞台を見られることに不思議な達成感や喜びが感じられた。
 つい先日、この舞台の出演者が集まるプチ忘年会的な集まりに参加させていただいたのだが、来年も一緒に活動をしたり、出演する舞台を観劇に出かけられたらいいなと願っている。年のいった若輩者ですが、引き続きよろしくお願いします。

 22日は今年何度目だミルハスでわらび座さんの『三湖伝説』を観劇。例によって演者さんが放つエネルギーの強さにやられっぱなしになった。生演奏で舞台を彩った和楽器や、次々と飛び出す小道具の演出も楽しかった。佐々木亜美さんが舞台中を歌いながら跳ね回る姿がとてもパワフルだったし、平野さんがラストで見せた儚い演出もたまらなかった。年が明けたら小劇場にも観劇に出かけたいと思う。

 23日は『アラジン』のメンバーと一緒に、ふれあーるAKITAでクリスマスコンサートに臨んだ。
 久しぶりに人前できちんとマンドリンの曲を弾くことになり大層緊張したが、元気いっぱいの子どもたちと歌唱ガチ勢の茂木先生の弟子たちが素敵なステージを作り上げてくれたため、クリスマスを楽しい気持ちで迎えることができた。みんな本当にありがとう。

 

【終わりに】

 以上、2023年の振り返りでした。
 10月あたりからゆっくり振り返る余裕がなくなってしまい、推敲もせずにアップすることになりそうだ。酒も16時から飲んでいるため脳みそがもうだいぶ出来上がっている。どうしてこうなった。
 それでは、来年もよろしくお願いします!

 ……三ヶ日のうちに直し入れるかもです。