でろでろ汽水域

読書感想にかこつけた自分語り

けやはす演劇部公演『田村さんと・村田さん』に出演した話

 恒例になってきた公演後の長文感想はっじまーるよー。
 今回は約12,000字書いた。ちなみに世間一般で短編小説に分類されるものがだいたい2〜4万字と言われている(諸説あります)。もちろん、ただだらだら書き殴っていくだけのブログの文字数と入念な推敲を何度も重ねる小説の文量を比較することはおこがましいことではあるが……などと、こうしてどうでもいいことをいちいち書いていくから次第に文字数が増えていくのである。でもやめない。
 私の場合、思考のアウトプットとして文書をしたためているので長文化の傾向が強い。ある程度思っていることをワーっと書いて、それから読みやすいように段落を入れ替えたり類似した内容をまとめたり削ったりしながら体裁を整えている。全体の構成や内容が毎度散逸気味で読みやすい文章になっていないことは承知しているのだが、勢いでやらないとなかなか書けないことも事実なので気長に付き合っていただければありがたい。
 さて、前回までは時系列に沿った振り返りという軸があったが、今回はかなり散文的というかこれまで私が関わってきた舞台を通した包括的な内容となっているため、いつも以上に自分語りが多くなっているし脱線も多い。今回のけやはす演劇部のことや、公演本番までの行程に興味がある方には退屈な内容になっているかもしれないがご容赦願いたい。
 言い訳を重ねるが、この文章はなによりも自分のために書いているし、過去の舞台の感想にしても一番読み返しているのは間違いなく自分だろう。稽古が思うようにいかず気合を入れ直したいときや、舞台のことが気になってなんとなく眠れずにいるときに自分で書いた感想を読み返していると落ち着けるのだ。書いたのがほかならぬ<元気で健やかな状態の私>であるせいか、文章に宿っている余剰気味の活力がチカラとなって精神衛生がちょっぴり回復するような気がしている。
 この文章を読んでいる方も、元気なときや幸せな出来事は日記やブログに残すといい。もちろんこんなにいっぱい書く必要はない。良いことも悪いことも忘れやすい大人にとって、時間をかけてひとつの出来事を振り返ることはなかなか有意義である。こうして文章にまとめるには相応の時間を要するし、その間は割と集中して書くべきものと向き合うことができる。それは毎回、悪くない体験である。

 

 さて、なにから振り返ろうか。まずはなんと言っても「けやはす演劇部」という括りについて簡単に触れておかなくてはなるまい。
 今更の説明になるが『けやはす』とは、今年の1月に開催された県民市民参加型ミュージカル『欅の記憶・蓮のトキメキ』のメンバー内における愛称である。あきた芸術劇場ミルハス開館記念として催されたこのミュージカルには、最終的に45名が出演した。この舞台についてはブログ内の記事にうんと書いてあるのでご確認いただきたい、それはもういっぱい書いてある。
 このミュージカルの稽古が始まったのは昨年の年明け頃からだったのだが、当時は世間がコロナ禍の真っ只中にあり、練習のために大人数で集まること自体がリスクと見なされていた。稽古中は全員が常にマスク着用だったし、メンバー同士が親睦を深めるような機会もなかなか設けることができなかった。本番前のゲネプロをマスクなしでやったときには「みんなこんな顔してたんだね」と互いに違和感を持ったほどである。細心の注意を払っていたとはいえ、出演者全員が健康な状態で公演を終えることができたのは奇跡としか言いようがない。
 そういう状況であるから、千穐楽を終えた直後の打ち上げの酒席も開催できず、メンバーが自由に食事をしたり一緒に出かけたりできるようになったのは本番を終えてしばらく経ってから。いま思い返すと不思議なことだが、メンバーが仲良くなったり交流が盛んになったのは、実は本番が終わってからだった。
 そんな経緯もあって、2月に開催された慰労会でようやく出演者の人となりが深いところまで明らかになったような気がしている。言っておきながら、私は田沢湖ビールをしこたま飲んで泥酔していたため、このときの記憶があんまりない。楽しかった印象だけは覚えている。一部のメンバーとはずいぶん長く舞台に関わることをしているような気がするが、出会ってから1年半しか経っていないし、私の舞台に関わるキャリアも同じ時間しかない。いかに濃密な時間の中で過ごしているかが改めて実感される。本当に感謝感謝の日々である。

 慰労会が終わって少し経った頃に「せっかく演劇に興味があるメンバーが集まったのだから、なにかやろうか」という声が上がった。それが具体的な形を取っていき「有志で集まってストレートプレイ(科白劇)をやろう。未経験者向けに演劇を基礎練習からしっかりやって、稽古に興味があるメンバーにも参加を呼びかけてみよう」ということになった。ありがたいことに私も参加させてもらえることになり、この機会にイチから勉強しようと決意を新たにした。
 稽古では台本の読み合わせ以外にも発声練習前の脱力やストレッチに始まり、姿勢の確認、呼吸法、意識の持ち方、『外郎売』を音読するトレーニングなど基礎の部分からしっかり教えていただいた。稽古を重ねていくうち、当初は『村田さん』のみの企画だったのが、稽古の参加者を新たな出演者とした『田村さんと』の二本立てで公演を行うことが決まった。
 公演のために各種申請を行ううえで、この有志の集まりにも名前をつける必要が生まれた。『けやはす』のメンバーが演劇をするために稽古を重ねている集団であるので、活動内容に則した『演劇部』をくっつけて『けやはす演劇部』と呼ぶことになったのである。そしてメンバー内で壮年期を迎えている私が「代表」になった。

 と、そういう経緯なので、特に部員が確定しているわけでもなければ確固たる活動方針があるわけでもなく、今回の公演を行うにために便宜的に名乗ったというのが実情に近い。
 しかし、今回公演に臨んだメンバーはみんな「また舞台に立ちたい!」と決意を新たにしているし、公演を観劇した『けやはす』出演者からも「次は私も出てみたい!」といった要望が聞こえてきているので、このまま解散とはならないであろう。まだ次がいつになるかは決まっていないが、もし新たな活動が決まったときには引き続き応援していただければ幸いである。

 この『けやはす演劇部』での経験は文字通り私を成長させてくれた。私の演劇経験はほとんどが『けやはす』からスタートしており、それ以前となると小学校高学年のときのクラブ活動まで遡る。小学生で習ったことであるしブランクも四半世紀近くあるわけだから『けやはす』のときはほぼ想像力とカンで演技をやっていた。引き出しは文字通りゼロだった。
 『けやはす』における私の役は歌うことがメインであったため、お芝居自体の演技指導を受ける機会は多くはなかった。もちろん皆無というわけではなく、たとえばチンピラ役でぶつかって腕が折れたフリをする演技についてはテクニック込みの指導をいただいたが(いま思うとなんと贅沢なことか!)エチュードの部分は各々の裁量に任される部分が多かった。なにしろ45人もいるのだ。
 ミュージカルのときは「なんとなく」でやっていた演技を、今回の稽古では基本からしっかり教えてもらうことができたのは自分のような初心者にはとてもありがたかった。稽古に何度か参加すると、私の声はくぐもりがちで子音をはっきり発音しないと潰れてしまうことや、母音の「い」と「え」の響きが弱いなどの弱点に気がついた。自分の弱みを客観視することで、気をつけるべき点や訓練が必要な点がわかる。感覚でやっていた世界に、上達するための道しるべができたのは嬉しかった。
 発声以上に、芝居の動きについては反省するところが多かった。特に今回は舞台にいる時間が長かっただけにちょこちょこと動きすぎる自分の悪癖が目立った。手足、指先、首、表情、いずれもせわしない。動くなら動く、止まるなら止まる、メリハリをつけた動きと「その動きはなにを意図したものなのか」が結びつくような意識づけを心がけた。

 こんなふうに自分の演技について考えられる視座を持てたこと自体が、成長を実感できることのひとつである。少し前まで、私は演技の良いも悪いも、あるべき姿もよくわかっていなかった。
 以前、とあるワークショップに参加したときにふと気がついたのだが、私の演技は「ごっこ遊び」の延長という性質が強かった。ウルトラマンごっこや怪獣ごっこが私の源泉であり、それ意外の方向性が想像できずにいた。
 一般的には模倣は大切であるし上達の近道でもある。目標もなく成長のコツを掴むのは難しいので、模倣自体は決して悪いことではない。しかし「ごっこ遊び」には客観性が存在しないか、存在しても希薄である。そのキャラクターや状況をやる、という主観性がすべてであり、それを観る側の視点はほとんどない。芝居や舞台が明らかに違うのは、それを観測する側(客席)に視座が置かれていることであり、それが主観性よりもずっと大事だということだ。役者に見えている世界ではなく、客席から見えている世界で生きていることを意識しなければならない。
 この当たり前のことが長いことわかっていなかった。だからセリフが客席にどう聞こえるかを吟味することもなかったし、自分の仕草や動きがどう見えるのかを確認するのにも消極的だった。舞台上で気持ちよくやることに重点を置きすぎていたことを反省して演技を軌道修正し始めたのは、夏の終わりになってからだった。せめてもう少し早く改良を加えられたら、もっと素敵な小宮山課長を表現できたかもしれないと思うと率直に悔しい。稽古不足を幕は待たない、という有名な歌詞があるが、幕が降りた舞台もまた手が届かないことは肝に銘じなくてはなるまい。

 個人的な反省が長くなってきたので方向転換するが、いろいろと課題を考えている一方で「あまり技術的なことに拘泥しすぎても良いことはあるまい」という直感も持っていた。
 なにしろ私は演劇2年生なのだ。しかも舞台をたくさん見ているわけでもないし、なんならテレビドラマだってほとんど見ない。ほとんど見ないどころか、地デジ化してから秋田に帰ってくるまではテレビが見れなかった(そして特に困らなかった)。調べたら地デジ化が2011年で帰郷が2018年なので丸7年テレビなしの生活をしていたことになる。これで芝居のインプットが足りているわけがない。だからいま急に背伸びしてもうまくできるわけがない。自分で気がついた明らかにダメなところや足りないところを修正しつつ、先程の「ごっこ遊び」をやるような舞台上での楽しさはきちんと感じながらやっていくのが大切だろうと思っていた。
 私の経験則として、スポーツでも芝居でも、プレイヤー自身が感動していれば見ているほうはその事実に感動できる、と感じている。ルールすら知らない競技やたまたま目に入っただけのドラマにグッときた経験は誰しも心当たりがあるのではないだろうか。いまの自分が舞台の上から「面白さ」を伝えられる可能性が高いのは、自分自身が舞台上で小宮山課長として感動している姿をできるだけ素直な形で見せることではないかと考えていた。
 心掛けるまでの必要もなく、今回の芝居では同じシーンを何回やっても共演者とのやり取りが新鮮でいつも楽しい気分で演技に臨むことができたし、本番の計3回の公演も心から楽しみながら舞台に立たせていただいた。
 公演後のお見送りでは、たくさんの方からねぎらいのお言葉をいただけて安心した。もっとも、公演直後の役者にイマイチだったと言うお客さんはいないと思うし、自分自身でも「あそこはもっと丁寧にやれたな」と感じるシーンもあるので手放しに喜ぶことはできないが、それでも自分が意識してきたことが客席まで届いた手応えを感じることができたのは本当に嬉しかった。次はさらに成長した姿を見てもらいたいし、そうした機会を作れるように準備していきたいと思っている。

 それにしても、演じているときの心理状態というのは実に不思議だ。半分は役の状態であるが、もう半分はシラフの、それも極めて冷静な自分である。役が感動しているときには自分もきちんと感動している。呼吸や心拍が早くなったり、涙腺がゆるむこともある。一方で次のセリフのタイミングを図っていたり、視界の外で共演者の気配を探るような機械的な視点も共存している。明らかに心がふたつある。
 この両方の心理状態を行きつ戻りつしながら舞台は進んでいくのだが、私が演劇をやっていて一番楽しいと感じるのはこの大いなる進行に関わっているときだ。無理矢理たとえるなら、プラモデルを組み立てながらラリー式のスポーツをやっているような感じとでも言えばいいだろうか。極めて内生的であり、それでいて心身がアクティブな状態というのは芝居をしているときしか味わえない感覚のように思う。さらに、ここに同じような集中状態にある共演者がいると、そこに意識がつながるような自己の広がりを体験できて一種のトランス感すら味わえてしまう。
 この状態でいることは純粋に楽しいが、全力で楽しむためには役をしっかり理解しなければならない。そして共演者との呼吸が合わないと気持ちのいいテンポにはならないため、ほかの役や脚本のことにも通じる必要がある。達成のハードルは高いがそれだけのやり甲斐はあるだろう。この状態を長く楽しみながら、自分の演技を磨いていけたら理想的だと思っている。

 今回の『村田さん』は気心の知れた演者と半年近く稽古を重ねられたこともあって、舞台の上にいる間はずっと楽しい気分でいられた。共演者の反応の強弱やちょっとしたタイミングはやるたびに少しずつ異なっていて、ストーリーは台本どおりでも毎回新鮮な気持ちで臨むことができた。
 特に、岡根谷を演じる布施さんとの掛け合いは、ダブルキャストの雪子の演者が異なるときは当然としてそれ以外のところでもセリフや芝居のテンションが反映されたレスポンスがあるので、やるたびに変化が感じられて楽しかった。
 布施さんは学生時代からずっと演劇に親しんできた方なので発声や表現の基礎能力や舞台に対する理解力などにおいて、私には埋めようのないレベルの差があった。なので彼女との掛け合いで違和感が生じないように、自分の表現や所作をしっかり作り込んでいかなくてはと意識していた。稽古でも本番の公演でも彼女のレベルに引っ張られたこともあって、自分もまずまず小宮山課長になれていたかなと思っている。
 舞台経験豊富な彼女には、素人同然の私や演劇経験の浅い共演者に対して思うところや歯痒いところもあったのではと想像するのだが、布施さんはあくまで共演者として一緒に考えたり工夫したりと柔和な態度でいてくださった。それでいて「こんな表現ってどう思います?」と具体的な質問をすると、こういう理由でイマイチとかこうするとより良いなど経験に裏打ちされたアドバイスが返していただけるのがありがたかった。おかげさまで、舞台でも稽古でも緊張しすぎることなく集中して芝居に臨むことができたと思っている。
 いつかの酒の席でちらりと語っていたのだが、彼女には「秋田にお芝居が上手な人を増やしたい」という野望があるらしい。私の現在の目標は「地元の舞台界隈におけるヤバい裾野になること」なので目指す先は合致しているように思う。今回の公演で私がその計画に少しでも貢献できたようなら幸いである。

 布施さんについてちょっと長めに語ったので、ほかの共演者についてもここで所感を述べていこう。
 村田さんの息子である正彦を演じたのは『けやはす』における主人公のひとり、孝三役を務めた安達さん。もう一人の主人公である明子は先述の布施さんが演じていたので、今更ながら『村田さん』では『けやはす』の最重要人物と肩を並べて共演させていただいたことになる。
 お二人の『けやはす』での活躍を袖や同じ舞台上で見ながら、当時の私は「いつか一緒にお芝居できる日が来たらいいなあ」とぼんやり思っていた。まさか年内に願いが叶うとは思っていなかったので、本公演のお話がまとまったときはとても嬉しかった。自分に共演者が務まるかと不安に感じる部分もあったが、それ以上に一緒にできる嬉しさが勝って毎回稽古に出るのが楽しみだった。
 安達さんはバンド活動をライフワークに音楽畑で長年活躍してきた方で、芝居こそ『けやはす』が初挑戦だったそうだがステージ上でのパフォーマンスはすでに百戦錬磨の強者である。今回の公演でも、喜怒哀楽の表現や全身を使う演技には会場が大いに沸いていた。繊細な表現もパワーをドンと出すことも苦にせず、まさに舞台での生き方が板についている、といった感じだ。
 仕事にバンドにと忙しい中、小旅行と呼んで差し支えない距離を越えて稽古場に通い続けてくれたタフネスも頼もしい。忙しさをちっとも顔に出さず、ポジティブさを持って物事に取り組んでいく姿はタフガイと形容していいと思うのだが、本人はしゃなりしゃなりと歩くスマートなタイプなので一般的なタフガイのイメージとはだいぶかけ離れている。内蔵しているエンジンの出力が大きいスポーツカーなら少しイメージに近づくか。
 1月のミュージカルでの活躍が目に止まったのがきっかけで、最近はあちこちで舞台への出演を打診されているらしく、マルチタレントぶりにますます拍車がかかっている。現に『村田さん』の2週間前には別の舞台にも出演していた。何回も言っているが本当にタフだ。出演するステージを追いかけるだけで客のほうが先に息切れしそうである。休み知らずと呼んでもいいくらいとにかく活動的なパフォーマーであるので、今後はどんな舞台に立つのか楽しみにしたい。

 課長のもうひとりの若い部下を演じたのは『けやはす』の物語がスタートするきっかけとなる美樹の相手役を務めた葉くん。今年高校を卒業したばかりの若者だが、高校演劇に打ち込んでいたため経験値も演技の引き出しも私よりもずっと上の先輩である。本人はとても真面目で堅実な性格をしているため、今作で軟派でお調子者の蔵田を演じるのにそこここで苦労していた。どちらかというと正彦の人物像に近かったかもしれないので、キャストを変えて遊ぶ機会があったら面白そうだ。
 『村田さん』は1990年頃を彷彿とさせる表現が多く、私でも「伝わらない」部分があったりしたのだが(たとえばバレンタインのお返しにパンツを買うようなところ。なんだこのヤバいおっさんと思ったが過去にはそういう文化もあったらしい。昭和こわい)葉くんの場合は感情移入の難度がなおさら高かったであろうことは想像に難くない。そうしたジェネレーションギャップを飛び越えて、羽目を外しては岡根谷に一撃もらったり突如現れた愛人にテンションを上げたりと、重たくなりがちな雰囲気の物語に軽快さを与えてくれた。
 私はもう中年になってしまったので、どうがんばっても若者の役はできない。彼はまだ若いが、そのくせ表情や仕草をがんばれば多少老けて見せることもできるので、たぶんいろんな役を演じられるだろう。そういう柔軟性や可能性がいっぱいあっていいなあ、と思いながら一緒の舞台に立っていた。彼の今後のキャリアの中に、私ももう何回か顔を出したいと思っているので引き続き腕を磨いていきたい。

 金曜日の愛人、カスミさん。『けやはす』ではダンサーズとして舞台に華を添えていたがセリフのある出番はなかったため、今回の芝居で初見の方を含めて関係者一同の度肝もまとめてひっこ抜いたと思われる。ちなみに私は『けやはす』において「地震に驚いて慌てて家から飛び出してきた家族」としてカスミさんと20秒ほど夫婦を演じました。どうだ、羨ましかろう。
 公演を観ていただいた方に強く印象に残ったであろうと確信しているシーンのひとつが、カスミさんの意味深マクドナルドである。カスミさんの雪子はすべてにおいて意味深で、セリフも所作も全部意味深に見えるところがとても面白かった。
 特に意味深マクドナルドからの意味深デニーズは、共演者を役から素の状態に強制的に引き戻して笑いの渦中に引きずりこむ舞台上の爆弾であった。その破壊力に抗うのは本当に困難で、最後の通し稽古でも私はこのシーンで笑ってしまった。舞台人がやったら絶対ダメなやつである。そうは言っても面白いのである。どうしようもないのである。台本内でもっとも意識し、緊張したのはこの場面だと言っても過言ではない。幸い本番では独特の緊張感によって高められた集中力にも助けられ、小宮山課長の人格を維持できた。今回の舞台で自身の成長を実感できた最たるエピソードのひとつである。
 舞台上では美人で謎の多い愛人キャラがばっちり決まっていたが、ご本人は屈託がなく社交的で、いつもニコニコしているとても親しみやすいお姉さんである。平日夜の稽古にも仕事終わりに遠方から参加してくださる努力家で、それでいて割とオタク気質なところがあるなど全方位に可愛らしいとても魅力的な方だ。共演できたことは本当に楽しかったし嬉しかったが、私も客席でマクドナルドのくだりで大笑いしたかった。ホントに身体がふたつ必要だ。

 土曜日の愛人、ふーちゃん。蓮の精として『けやはす』の精神世界における主役を務めたダンサー。今回の芝居を友人に紹介するにあたり「あのときセリフがなかった人も出るんだよ」と言ったら「あれ、蓮の精はなんか喋ってなかったっけ?」と返されたのが印象に残っている。友人はおそらく彼女の身体表現から伝わったものをセリフと勘違いしたのだろう。そのくらい動きから伝えられる技術がある人。
 せっかくのダブルキャストということで、カスミさんの雪子とは違う雪子像を模索しながらの役作りに苦労していた姿をよく覚えている。雪子という役は脚本を読んでいるだけでもとにかく不思議ちゃんというか天然なところがあり、それを葬儀というシチュエーションでどう演じるかは解釈の幅が存外広い。彼女の想いの比重をどこに置くのか、表現方法で伝わる雪子の印象などについて愛人同士の打ち合わせがよく行われていたそうだ(後に愛人会議と名付けられたという)。
 ふーちゃん雪子は、普段語りのときの無邪気さとラストシーンで過去を語るときの長台詞におけるギャップが印象的だった。私の解釈だと、このギャップを見せつけられた際に、村田さんと彼女がどれほどの心の交流を交わしてきたのかが小宮山課長には垣間見えてしまい、その事実に大きなショックを受けることになった。ちなみにカスミさん雪子のときは彼女の思慕の情の強さにあてられてショックを受けている。なので、愛人が退場した後にストーブ代わりの一斗缶で手を炙っているときに考えていることは両者で全然違っている。そういう違いを私の芝居で表現できたらよかったのだが自分の技量では難しかった。リベンジの機会があったら、そういうキャストによる意識の差異もきちんと見えるようにやっていきたい。
 ふーちゃんは11月18日と19日にも公演を控えており『村田さん』が終わって一息ついているメンバーとは対照的に、次の本番に向けて絶賛追い込み中である。彼女もまた仕事に稽古にと忙しい中で精力的に活動を続ける大変な努力家である。ダンス経験を活かした優雅な動きも繊細な仕草もお手の物であるが、個人的には舞台上でもプライベートでもパッと弾けるような即発的なエネルギッシュさが素直で素敵だと思っている。楽しそうなときもイヤそうなときも、内包的なエネルギーが強いのかオーラが一瞬、シュッと出るような気配があるのだ。その強いエナジーが全開にできるのはやはりミュージカルの舞台だと思うので、ぜひまたミルハスさんには頑張っていただきたい。

 『田村さんと』のメンバーにもいろいろと思ったことや感じたことはあるのだが、それを個別に振り返っていると本当に短編小説の文量になってしまうので『田村さんと』全体についての個人的な心象に代えさせていただきたい。
 さて、『田村さんと』の稽古は9月初旬にスタートしたと記憶している。『村田さん』は5月に稽古が始まったので半年近く脚本と向き合って稽古する時間があったが『田村さんと』チームは本番まで2か月弱しかなかった。舞台初心者が多かった中、限られた時間でひとつの作品を仕上げたメンバーに大きな拍手を送りたい。
 この作品はタイトルからもわかるとおり『村田さん』を意識して創作された脚本だ。『村田さん』に村田さん自身が登場しないように『田村さんと』にも田村さんは登場しない。また、けやはす演劇部の初公演ということもあってか『けやはす』のパロディやオマージュもそこかしこに含まれている。
 もちろん、そうした内輪受けのみを狙った作品ではない。というか、ストーリーの全容は『村田さん』よりもはるかに難解だ。『村田さん』が「冴えないおじさんのお葬式に愛人らしき女性がやってきてひと騒動起きる話」と要約できるのに対して『田村さんと』を端的にまとめることは難しい。軽く思い出すだけでも「いつの時代の話なのか」「あのドラム缶はなにか」「チェーホフの三人姉妹はなにを暗喩するのか」「手を合わせられる一方で帰りを待たれている『田村さん』とは何者なのか」と疑問は尽きない。ストーリーの上辺だけをなぞれば「火葬場での日常にご近所さんが乱入してひと騒動起きる話」になるかもしれないが、戦争やミサイルなど物騒な単語がたびたび含まれ、挿入される寓話やラストシーンなど、観ているうちにただの日常を描いた芝居ではないことがじわりと伝わる作風だと思う。
 出演した役者は『けやはす』ではセリフがほとんどなかった演者が大半であるが、動きや声色で「この人、見たことあるかも」と気がついた方は多かったのではないだろうか。火葬場サイドであるネモトとウメヅの犬のじゃれあいのようなやりとり、ドラム缶で終始なにかを撹拌しているシブエ、そこに闖入するご近所さんのトキコ、タエコ、アカネの賑やかな三人組と、この3グループ独自の色彩とそれらがときどき混ざり合う演出が面白いところだったと感じている。私はシブエをやってみたいなと思いながら稽古や本番を眺めていた。
 出演者のみなさん、本当にお疲れさまでした。それぞれに個性的な役を限られた時間の中で理解して演じる姿はとても格好良かった。いつかまた一緒にできる機会を楽しみにしています。

 今回の公演では「舞台をどのように作るのか」にもこれまでより近い位置で関わらせていただいた。当然のことではあるが、舞台は役者だけでは完成しない。ステージ、照明、音響、大道具、小道具、客席、受付など諸々の準備が必要であり、それらを統括して運用する役割も不可欠である。
 公演準備や運営には舞台経験のある関係者の方にご協力をいただいたほか、スタッフとして『けやはす』のメンバーや秋田大学演劇サークル『きたのかい』の方にもご協力をいただいた。経験の浅い私が集中して楽しい気持ちで舞台に立つことができたのは、スタッフの方のご尽力のおかげである。今後も舞台に関わっていきたいと思っているので、役者としてだけでなくスタッフとしての役割や能力もこれからは意識して高めていきたい。
 また、これまでにご縁ができた方がお客さんとして公演を観に来てくれたことも本当に嬉しかった。引き続き気にかけていただければ幸いである。私はインドア気質なこともあって交友関係がかなり狭かったのだが、ミュージカルへの参加を決めてからずいぶん世界が広がった。これからもインプットとアウトプットの両方でいろいろなところに顔を出して様々なことを吸収していきたい。

 

 ここ半年、毎週のように小宮山課長を演じていたため、もうあのお調子者に化ける機会がなくなってしまったことを少し寂しく感じている。
 少し前に、演技についていろいろなアプローチで表現をする練習をしたのだが、役というのは演じるというよりも「憑依させる」ものであるようだ。正直なところ、小宮山課長はなかなか私に降りてこなかった。本番で「一番降りてきたな」と感じたところでせいぜい60%くらいだったような気がする。
 憑依させるためには自分の枠を壊すまではいかないまでも緩める必要があるし、役そのものに対する深い理解がなくてはならない。今回うまく小宮山課長が降りてこなかったのは、たぶん小宮山というより「村田さん」に対する理解があと一歩及んでいなかったからだと思っている。最後の本番になってやっと尻尾を掴んだような感覚があったので、この反省は次に活かしたい。役や脚本に対する入念な下準備と自分自身の枠を大胆に超える姿勢を今後も意識しながら活動を続けて行けたらいいなと思っている。

 『村田さん』のラストシーンで小宮山課長は口を開けて顔を空に向けた。私の視線の先には照明があって、音楽の盛り上がりとともにライトは少しずつ光を弱めていく。そしてライトが消える最後の一瞬、光源は本当に雪のひとひらに見えたのだ。あの美しくも寂しい光景を私は一生忘れないだろう。
 私が表現活動を続けていく中で「村田さんのラストの一瞬を超えるか」はひとつのテーマになると思っている。そのくらい私の心に強く残る強烈な体験だった。こんなに感動できることがまたあるかもしれないとそう考えてみるだけで、もう次の舞台に立ちたくてしょうがないのである。