でろでろ汽水域

読書感想にかこつけた自分語り

7月10日 『火花』を今更読んだ

又吉直樹氏の『火花』を今更ながらに読了。

芥川賞受賞からすでに半年以上が経過しているのである程度ネタバレも含みながら書く。

スタイルとしては非常に古風な造りの小説だった。現在の小説は世界観が箱庭的というか、ある程度の広がりを持った世界で起こる事象を主観や客観を交えながらストーリーが展開していくパターンが主流なのだが、この作品は終始、男二人が向きあって会話することで話が進んでいく。純文学というか私小説というか、そういうオールドスタイルが根底に見えたのにまず驚いた。

中盤までは小説というよりは専門家の書く面白いブログエントリを読んでいるような感じだった。著者の笑いに対する哲学や考察、そこから派生する奔放な人生観やそれに相対する社会性、その中で芸人が果たすべき役割に至るまで濃ゆい話がユーモアたっぷりに進んでいく。目からウロコとしか言いようのない新しい価値観の提供もいくつかあったし、それが対話形式のQアンドAで示されるため理解も易しかった。

一方で絵面は基本的に常におっさん二人が向きあっているだけなので「物語」という部分だけを取り出すといささか退屈した印象は否めない。文章が面白いので読み進めるぶんには特に気にならなかったが、おそらくNetflixが映像化した実写ドラマは全然面白くないと思う。賭けてもいいけど偏差値50より上の評価はもらえないはずだ。脚本向きのお話じゃない。

その刺激的ながらも観察される動き自体は静かだった物語が、終盤で急に動きだす。ステータスの変化、社会との関わり、徐々に幅を利かせてくる”不在”という存在。芸人という一般的な職業とは一線を画した仕事でありながら究極的な希望や絶望には親近感というかデジャブを感じる部分も多かった。

凡才を自覚する主人公が次第に社会に居場所を見つけ、天才が天才ゆえに理解を得られず社会から弾かれていく、という後半のストーリーは辛かった。その前までに二人の魅力が存分に語られてきただけに、それぞれに正直に笑いと夢に立ち向かってきただけに対極的になっていく差が突き刺さるものに感じられた。

それだけに、それだけにラストの10ページが個人的にはなんとも受け入れ難い。ここであまりに呆然としてしまったために評価がいまいち落ち着かない。消化不良を起こしている。

理想に生きた孤高の天才がダメになってしまった姿としてはあまりにもわかりやすすぎるというか…。ここまで本書で語られてきた人物像との乖離が少し大きすぎたような気がして、どうもイメージが噛み合わなかった。

以上。難色を示すような言い方が多くなってしまったが、作品としての面白さは確実に一級品である。読んでいて視野や脳味噌がこれまで知覚しなかったところへぐぐっと触覚を伸ばすような気分になるところは多々あった。物語としても人間の持つ一途なひたむきさ、それゆえに発せられる輝きと、それゆえに沈んでいく哀しさが存分に描かれていたと思う。

芥川賞も納得どころか、近年の芥川賞受賞作品では頭一つ抜けて面白かった。いま風に太宰を再翻訳したらこういう形になるかもしれない。是非また書いて欲しい。