でろでろ汽水域

読書感想にかこつけた自分語り

7月24日 ポケモンGO上陸

アプリの解禁から2日。事前に想定されていたような大きな混乱はなかったようだが(死人は出ていない程度の意味合いだけど)ポケモンGOの勢いは止まるところを知らないと言った様子だ。政府が事前に注意事項を発表したり混乱が懸念されるスポットを予想したりとなにか既視感を感じるなと思ったが、数年前にエボラ出血熱が話題になったときと大体一緒の反応だった。ポケモンは海外で厄介な感染症に変貌を遂げていた。

おそらくは小中学校が夏休みに入るタイミングまでリリースを待っていたのだと思うが、その後の熱狂ぶりを見るに英断だったのだろう。実際目にしたわけではないがリリースの瞬間にはNHKでニュース速報が出たとの情報もある。仕事場でも向かいの席の先輩が「そんなら早速」とアプリをダウンロードするや売り場へ降りて行った。数分後「階段の下にフシギダネがいた…」と戻ってきてスクショを見せてもらったが絵面としては若干ホラーだった。

昼休みになり2階の事務所から駐車場を眺めると、同じく昼休みとなったのであろう人たちがスマホを持ってウロウロしている。またしても妙な既視感が襲う。これあれだ。街がゾンビで溢れるやつだ。デッドライジングだ。日本は大変なことになってしまったのかもしれない。

昼寝をして夕方からの仕事を終え、日もとっぷりと暮れてから社宅へと戻る。ここひと月あまり仕事が多忙を極めており社宅に泊まる日が増えた。体力的にも精神的にも萎れているため、自分でポケモンGOを遊ぼうという気にはあまりならないが周囲が夢中になる様子を観察するのは楽しかった。

私がゲームボーイで発売された初代ポケットモンスターにハマっていたのはもう20年以上も前の話である。当時のデカくて重くてすぐに電池の切れるゲームボーイで時間を惜しんで遊んでいた。気が付いたときにはすでにそれなりに人気になっており売り切れ続出でソフトを買うのにも苦労したのを覚えている。私が緑、弟が赤だった。「見た目が強そうだから」と二人でヒトカゲを選び、タケシ相手に手も足も出ず「ポケモンやべえ…」となったのもいまとなってはいい思い出である。

金銀は触った程度でその後のシリーズもほとんど遊ばなかったため、私のポケモンの記憶は初代がすべてである。ちなみにいまのポケモン個体値の選別等で最強を目指すと廃人向けになっていることは噂に聞いている。

ポケモンGOポケモンを集めて図鑑を完成させるという「そういえばそれが目的だった」と逆に新鮮さを感じさせるゲーム内容になっている。できるだけいろんなところへ出かけて多くのポケモンを集めることが肝要であるらしい。

しばらくブームは続きそうではあるが、夏の暑さもあるし移動距離に重きを置いたやり込み度合いの難しさ、もうすぐリオ五輪も始まるなど存外早く飽きられそうな気配も感じる。

ちなみに記事の書き始めにポケモンGOをダウンロードを開始したのだが、未だにダウンロードすらできていない。リリースから初の休日ということもあるのだろうか。私がポケモンゲットだぜするにはまだ時間がかかりそうである。