でろでろ汽水域

読書感想にかこつけた自分語り

読書感想

作品名色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年
作者名村上春樹
評価(星5つ)
※作品の内容に触れた記述があります。未読の方はご注意ください。

村上春樹には珍しいサスペンスめいた作品。問題と行動がかなり序盤で明らかにされるのも普段の作風とは違う。

風景描写などを見ても「一風変わった」が随所に見られるため、ファンほど楽しめる作品になっている。

著者の長編に見られるひとつの共通点として普段我々が暮らす「現実世界」と、極めて近い位置に存在しながら基本的に接点を持たない「精神世界」のようなものが、何らかの作用によって交わって数々のドラマが生まれるという世界観があると考えている。

これまでの作品では精神世界での出来事に物語の中心や核があり、ストーリーの本質はそちら側で語られることが多かったのだが、本作で主人公は向こう側の世界の存在を感じつつも、現実世界でまっとうな人間を相手に現実的な手段を持って奮闘することになる。

そこが村上春樹フリークとしては新鮮で面白かった。

乱暴に纏めてしまうが、村上春樹作品は現実世界に何らかの理由で失望した主人公が、精神世界で救いや癒しを得て再び現実世界で歩き出す物語が多い。

本作は逆に、精神世界での出来事が発端となって現実世界で損なわれてしまった主人公が、同じように現実に生きる人々との交流を経て前へ進んで行く。

友情や恋心といった思春期の心の動きと、壮年期を迎えて定まってしまった価値観や生き方がほどけ合って、一本の糸になる展開は読ませるの一言に尽きる。

そしてその糸の先が読者の手に任されるラストもニクい。

読了後は自然と自分の学生時代を思い起こさせ、同時にこれからの生き方を考察させる手応えが残る。傑作。

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年文藝春秋