でろでろ汽水域

読書感想にかこつけた自分語り

読書感想 2冊目

作品名鼓笛隊の襲来
作者名三崎亜記
評価(星5つ)
※作品の内容に触れた記述があります。未読の方はご注意ください。

読み味抜群の短編9作を纏めた短編集。穏和な文体から奇抜な世界観が丁寧に紡がれていく作風は非常に個性的で、読者に先の展開を予想する余地を与えない。

何の変哲もない日常にぽっかりと入り込んだ異質な「常識」を、さも整然と当たり前のようにつらつらと書いていき、なおかつ読者を追随させる著者の想像力と文章力は尋常ではない。

例えば表題作である「鼓笛隊の襲来」は「赤道上に、戦後最大規模の鼓笛隊が発生した。」という滑り出しで物語が始まる。いきなり脳味噌が理解に難色を示す。

ところが恐ろしいことに、数ページ読み進めると「鼓笛隊が来る世界ではこうなのか」みたいな妙に納得した気持ちで物語を苦もなく読み進められるようになってしまう。

間違いなく異質でありながらそれでいて確かに日常でもある、という不可思議な空間を描きながら、歪んだ奇妙さ故にかえって人の心がよく見えるような読み応えと説得力のある物語が続く。

心温まるストーリーから、背筋の寒くなるホラーめいた話、目頭がじわりと熱くなる恋愛物までジャンルも幅広く、いずれも胸に響く。

三崎亜記の本から現実へ帰ってくると、奇妙なことが何もないほうがよっぽど奇妙に思えてくる。

「鼓笛隊の襲来」集英社文庫