でろでろ汽水域

読書感想にかこつけた自分語り

読書感想 4冊目

作品名きいろいゾウ
作者名西加奈子
評価(星5つ)
※作品の内容に触れた記述があります。未読の方はご注意ください。

タイトル買いした作品。新しい作者を開拓するためにときどきタイトル買いをするのだが、今回は当たりだった。とても面白かった。

田舎に越してきた若い夫婦の奥さん、ツマの目線で物語が語られていき、それを補足するようなムコさんの日記と合わせてストーリーが綴られていく。

完全に電波ちゃん&不思議ちゃんのツマが物語を先導していくため、文体も作風もゆるゆるふわふわしている。

全体的にのんびりとゆったりと、カラフルで詩的な雰囲気で若い夫婦の田舎での生活が語られていくのだが、同時にストーリーの構成は緻密に計算されている。

巧みな表現力も手伝って、読み進めるうちにムコさんとツマ、それを取り巻く周囲の人達に自然と好意を抱くようになるのだが、中盤で雰囲気を一変させる事件が起きてから印象は大きく変わる。

本書のテーマは「愛」であるが、それを著者は並々ならないパワーと情熱を持って、また並々ならない構成の妙を持って感情の殻を突き破って読者の心に突き刺してくる。

正直、愛についてはあらゆる創作物で語り尽くされ、ディテールを変えた類似品がほとんどになってしまっている。ただ、それは普遍性の裏返しでもあるのでそれ自体を楽しむことは無益ではない。愛には定期的な再確認が欠かせない。

しかし本作では真正面から投げられたら素直に受け取れないであろう、愛というテーマの一番単純なところをまるで巨大なブーメランのようにして放り投げ、読者の後頭部を急襲するのに成功している。

こんなに単純なテーマに、こんなに素直に感動できるとは思わなかった。特に新鮮なアイディアがあるわけではないし、何か新しい愛の形を示す本でもない。ただ、それを心の深いところまで、形を保って投げ込むことに成功している。それが純粋に素晴らしい。

本の帯を見たところこの作品は映画化しているらしいが、映像化はさぞ困難だったろうと思う。登場人物こそ若い夫婦、舞台こそ田舎だが、全体的に絵本的・精神的な部分が多いため、本物の映像は絵が勝ちすぎるような気がする。宮崎あおい好きだし暇があったら観てみよう。

きいろいゾウ小学館文庫