でろでろ汽水域

読書感想にかこつけた自分語り

読書感想 5冊目

作品名空飛ぶ広報室
作者名有川浩
評価(星5つ)
著者の名前は以前から知っていたのだが作品は今年になって初めて読んだ。その作品が大ヒット作の「図書館戦争」だったのだが、読み始めたら面白くて止まらなくなり別冊を含むシリーズ6冊を一週間程度で読み終えてしまった。

こんなに読書に没頭したのは久しぶりで、ブログ再開の原動力は「図書館戦争」を読んで読書熱、ひいては活字熱が復活したからだと言っても過言ではない。

この著者が「自衛隊マニアで、それをテーマに面白い作品を書く女流作家」であることは聞き知っており、実際「図書館戦争」でも専守防衛を前提とした防備に関する記述や戦闘に臨む防衛員の心理描写などから垣間見られる造詣の深さと視点の鋭さには舌を巻く思いだった。

今度はその自衛隊を直接テーマにした作品を読もう、と思いながら書店をうろついていたら本書が目立つところで紹介されていたので購入した。航空自衛隊所属のパイロットが不慮の事故から飛行機に乗れない身体になり、自衛隊内の広報部に異動になるところから物語は始まる。

結論から言おう。めちゃくちゃ面白かった。何度も鳥肌が立つほど感動した。そしてぼろぼろに泣いた。エンターテイメントとしての完成度もさることながら、新しい世界観や思想の切れ端を次々脳味噌に打ち込まれていく感覚は最早芸術の域に達していると言っていい。僕にとってはこれ以上が想像できないレベルの面白さだった。

自衛隊という「軍隊」のイメージ先行で語られる仕事、その仕事を正しく世間に知ってもらうため奮闘する広報室の面々、その自衛隊を取材対象にすることになったTV局の新人ディレクター。曲者ばかりで、それでいて人間臭くて魅力のあるキャラクター。一章ごとに感想が書けるくらい、彼ら彼女らが紡ぎだす物語は感動に満ちていた。

著者の文章力と構成力は素晴らしく、比較的複雑な背景や初めて目にするような特殊な状況であっても、詰まることなくすらすらと読み進めることができる。

一方で登場人物たちを翻弄する出来事は、読んでいるこちらの胸が痛くなるような、目を背けたくなるような、重く暗い事件も少なくない。するする読み進めてきたストーリーの紐が固いこぶ結びになったり、ときにはぶつんと切れてしまう。それほど著者が用意する試練や挫折は尋常なものではない。

しかしさらに驚いたことは、その結び目を優しく丁寧にほどいて見せ、切れた糸をもう一度一本にしてしまう、手品のようなロマンやドラマが作品全体に溢れていることだ。こんなに難しい題材をこんなに見事に料理できる作家は他にいないかもしれない。

個人的に大きなショックを受けたのは、自衛隊のことよりもむしろマスコミに関することだった。

僕はマスコミ、特にテレビメディアが大嫌いで、必要が無ければテレビを見ない。実際、地上波放送が停波してから新しいテレビを実家から貰うまでの約1年間はテレビ無しで生活していたが特に不便は感じなかった。いまもNHKニュースとスポーツ観戦以外の目的で見ることは無いし、外でもテレビを付けっぱなしにしている定食屋は利用しないぐらい徹底してテレビが嫌いだ。

しかし本書で自衛隊組織のために苦心する広報室のメンバーを通じて、メディア文化の重要性やそこで働く人々の苦心をもっと知らなくてはならない、少なくもと根っから否定してはいけないと考えを改めることになった。

「マスコミなんか」と最初から全てを否定する姿勢は、僕が嫌う「自衛隊なんか」という連中と一緒の思考回路じゃないかと今更ながらガツンとやられた。理屈以上に、物語の力がそのまま作用して素直に態度が改まったように思う。好きになれない物ほど興味を持たなくてはならないのだ。

ちょっと読書感想からは脱線してしまったが、とにかく面白い作品だった。

巻末に加筆されたという「あの日の松島」は、従兄弟の自衛官から聞いた話なども思い起こされて、ずいぶん泣きながら読んだ。

知ろうとすること、学ぶこと、そしてそれを表現すること。情報発信がとても簡単になってしまったいまだからこそ襟を正さねばなるまいと思った一冊だった。

僕のは仰々しい感想になってしまったが、全編アツいエンターテイメントなので肩肘張らずに楽しめる傑作。強烈にオススメします。

空飛ぶ広報室」 幻冬舎