でろでろ汽水域

読書感想にかこつけた自分語り

読書感想:『キラキラ共和国』小川糸

 一晩時間を置いたら昨日の読書感想を書き損ねた理由がわかった。単純に内容を理解できていなかった。典型的な、下手の考え休むに似たり、というやつだ。わからなかったことに対しては素直に「わかりません」というか、わかるように調べるか勉強するしかない。わかったような雰囲気で文章を書いたから、どんどん歪みが大きくなって崩れてしまった。それだけの話だった。

 最近は更新頻度が増えたせいで「思ったことはなんでも書ける」と誤解していたのかもしれない。実際のところ、それは難しい作業の組み合わせである。Twitterやブログを読み慣れているせいで見落としているが、思ったり書いたりという仕事は存外テクニカルな分野に属する。今一度、初心に返るべしと思った。

 

 閑話休題。今日の読書感想。

 昨日の挫折により読みやすい本がよろしかろうと思ったので小川糸『キラキラ共和国』を手に取る。あらかじめ本の中身というか作風をわかった上で読み始めるのは珍しい。私は読書においては、読んでみるまでわからない、ことをひとつの楽しみにしている。もちろんタイトルや作者から、これはミステリーだなと見当をつけることはするし、書店での陳列で内容がうっすらわかってしまうときもある。だが、基本的に読む前に背表紙にあるような〈あらすじ〉を読むことは意識して避けている。

 本作は一昨年発売された『ツバキ文具店』の続編である。ざっくり紹介すると、鎌倉で小さな文具店を営む女性が主人公の、めくるめくハートフルストーリーである。祖母である〈先代〉から代筆屋としての技術を継承した彼女が、様々な手紙の代筆依頼を通して周囲の人々と暖かい関係を育んでいく。

 舞台となる鎌倉の季節の移り変わりを描く風景描写の巧みさと、要所要所で挿入される手書きの文章が与える表現の豊かさ、なによりそうした手紙を通して出会う人々の暖かさに、文字や言葉が持つ不思議な力と魅力を感じずにはいられない傑作である。なにより、そうした出会いや経験を通じて主人公が長年抱えていたわだかまりが少しずつ解けていく様子がいじらしく愛らしい。人間の〈陽〉の部分を抽出したような作品なので物足りないという人もいるかもしれないが、私はこの人間賛歌的なテーマに強く打たれた。

 というわけで、この物語がどのような展開を見せるのか、ある程度想像がついている。ついているからこそ、購入してからしばらく手を付けられなかったのかもしれない。面白いとわかっている、感動するとわかっている本というのは、少し尻込みをしてしまう。

 

 そんなことを考えながら表紙を開いたのだが、終始予想よりもずっと新鮮な気持ちで、そして前作以上に涙腺を緩ませながら読むことになった。

 前作の『ツバキ文具店』は、主人公の鳩子さんが文具店での生活を経るなかで自分自身を見つめ直し、改めて過去と向き合い、前を向く物語だった。彼女が生業とする代筆屋の仕事は、絶縁状や借金の断り、お悔やみなどの単純に書きにくい物から、ときには亡くなった人からの手紙すら依頼として舞い込んでくる。そうした仕事を通じて、彼女はその技術を授けてくれた祖母との反省を振り返る。彼女が物語を通じで〈先代〉とどこか突き放して呼ぶ祖母は、仕事への誇りと清廉とした生き方を自身と彼女に徹底するのだが、思春期を迎えた鳩子は反発し、結局和解することがないまま先代と死別してしまう。先代が亡くなった文具店に鳩子が戻ってくるところから物語が始まり、先述のエピソードを通じて過去や未来との交流へと繋がっていくのだ。

 物語は彼女を取り巻く平和で輝かしい、大きな輪を形作るような印象を残して幕を閉じる。大団円と呼んでいいラストであるし、これまでの生き方への重さをしっかりと感じさせた上で、それ以上の手応えを予感させる明日を描いて終わる。完璧すぎる読後感だっただけに、今作を読むのをためらった。

 

 が。先程書いた通り、そんな躊躇をあざ笑うかのように面白かった。

 周囲の人たちと結びつき、大きな輪を作ることができた鳩子であるが、そんな輪を維持することや、そこで生活することに対しては様々な不安を抱く。そうした不安を掻き立てるもの、そしてそれを解決するエピソード、どれもこれもが暖かく輝きに満ちている。

 前作が自分という〈個〉がゆっくりと膨らみを増していくような印象だったのに比べると、本作は〈家族〉という繋がりの輪が大きくなっていくようなイメージを持った。一方で、その輪が大きくなりすぎたときにはふわふわとした頼りなさのようなものが顔を覗かせて、それを解決し、繫ぎ止めるために〈個〉への回帰と内省が図られるように感じた。

 家族という繋がりに対する暖かな描写に顔がほころぶ一方で、代筆屋としての仕事ぶりも前作に負けず劣らず面白い。この小説の面白さは、なんと言っても〈代筆屋〉という仕事の描写にある。不思議で複雑な案件を抱えた依頼者たちに、鳩子がどう向き合い、どのような手紙を持ってその希望に応えていくかは、日常を描いた作風から少し離れてミステリーやサスペンスのような気配を携えている。彼女が代筆した手紙から伺える顔も見えない登場人物の印象と奥深さは、普通の小説にはない生々しさを持っており、柔らかく、ときに鋭く胸に刺さってくる。

 優しくて暖かい作品であるが、良い人ばかりが登場してすべてが順風満帆に行くだけの軽薄な小説では断じてない。辛さや苦しみも包容して日向に持って行こうとするような、そういう生き方を元気づけるようなパワーに溢れた作品だった。

 

 以上。……我ながら難しく書きすぎている。もっとのびのびと心豊かな読み味なのだが、私の感想文はなんとも堅苦しい。妙に分析したがるのが悪い癖だ。冒頭の話を蒸し返すようだが、本意を本意らしく伝える文章というのは、やはり並大抵の努力では習得できないもののようだ。いつか納得できるものが書けるといいが。