でろでろ汽水域

読書感想にかこつけた自分語り

初めての図書館

 いよいよ無職生活も残すところ半月となった。

 先月、採用予定の職場から「4月から一緒に頑張ろうね!」という内容の、A3の厚紙を二つ折りにした簡素なパンフレット(?)が届いた。新卒の方々に送付されているのと同じ物であるらしく、社会人になるにあたっての心構えや職場に関する簡単なQアンドAなどが載っていた。私も10年前には社会人になるということに殊勝な心掛けでもって臨んでいたなあ、と懐かしく思い出した。いまはそういう気持ちが皆無なわけではないが、だいぶ薄っぺらくなっている。学生から見た社会人はみんな立派そうに見えるが、学生生活の中にも尊敬できる人間とそうでない人間がいるように、社会人にだって人間性にも職務能力にもピンキリがある。そしてその構成割合や程度にもさほど遜色はない。必ず「この人はすげえや」という人がいて、同じように「こいつよくこの年齢まで殺されずに生きてきたな」というのがいる。今度の職場ではどんなグラデーションが見られるか楽しみだ。

 

 そのパンフレットには研修に向けての準備事項や心構えなども書かれていたが、それらはごく一般的なものやオリエンテーション的な要素で大したものではなかった。

 が、同封されていた一枚の紙が問題であった。そこには「社会人になる前に時間があったら読んでおいてね、きっと仕事の役に立つよ!」というオススメ本のリストが記載されていたのである。

 私は面接試験の際に、自分の長所として読書家であることを強調した。試験を受けたときにはすでに無職の身であったし、採用が決まったとしても丸1年ブランクがあることになる。それをマイナスと取られないよう、日中は決まった時間だけ本を読み、資格試験などを目指して計画的に勉強していることをアピールした。決して嘘をついたわけではない。実際に本はそこそこ読んでいるし、勉強もして、試験も受けた。企業研究に対しても抜かりはない。HPで公表されているデータはだいたい目を通しているし、それに対する自分の意見をまとめたノートも一冊作った(面接試験で使おうと思ってたら機会がなかった)。そこまで勉強家ではないが、なにしろ暇なのだ。

 しかし、先月届いたそのオススメ本のリストには、私が読んだことのある本は皆無だった。これはいささか事情がよろしくない。研修で、

「読書が趣味で暇を持て余していた君なら何冊か読んだよねえ。この中から君が『これは』と思った本があったら教えてくれないかな?」

 などとイジられたら一巻の終わりだ。これはやばい。哲学や経済学や社会批評論を読んでいる場合ではない。このオススメ本を読まなくてはならない。猶予はあと半月しかない。そう思ったのが、昨日の夜の出来事だった。

 して。今朝からそのリストを吟味していたのだが、正直どれもあんまり面白そうじゃない。少なくとも身銭を切って書架に加えたいタイトルではない。職務に関する教養本が半分、ハウツー的な実務よりのものが半分という感じだ。ご丁寧にも図書館に揃っているという紹介があるので、ならばそちらで読もう、と思い立った。

 

 というわけで久しぶりに図書館まで出掛けてきた。久しぶりに、というと語弊がある。本は読むほうだが、図書館を使うのは実は人生で初めてだった。高校時代に図書室は使ったし大学では附属図書館に通ったが、自治体が運営する公共施設としての図書館は利用したことがなかった。純粋に必要とする機会がなかったのだ。

 リストにあるのは全部で30冊。さすがに全部は読めないので、半分の15冊を目標にする。毎日通うつもりはないが1日2冊読めば計8日でお釣りがくる。なにしろ暇なのだ。

 

 初めて訪れる図書館は思ったよりも薄暗かった。最初にまず、本棚が低いのに驚いた。高いものでも私の背丈くらいしかない。利用者の使いやすさに配慮したのだろうな、とすぐに合点がいく。うろうろと特に当てもなく歩き回りながら、雰囲気に身体を馴染ませる。窓際のテーブル席が空いていたので、そこに長っ尻を決め込むことにした。

 平日だったが利用者は想像よりも多かった。年配の人が多く、小さな子供を連れた女性も目立った。静謐すぎるということもなく、かといって当然うるさいわけでもない。当たり前だが読書には理想的な環境だった。時折、読書にはやや邪魔になる程度の騒音が巻き起こることもあったが(全員年配の人だった)、そんなときには司書の方がその芽を摘んでいった。そういう手合いにも悪気があるわけではないようだった。平日に図書館で時間を潰しているような老人が寂しくないわけがなく、なにか会話が盛り上がったときに少々声が大きくなるのも想像できないではない。なにより一部の人間には声量を絞るということができないらしいと悟った。ボリュームを絞っても0の次が7くらいの音声になるのだ。たぶん。

 たくさんの本に囲まれることに気分が高揚したのか、リストにはない本まで読んでしまった。買うほどではないけどちょっと読んでみたいな、という本を読むにはもってこいであるし、そういう本が溢れている。無職になってすぐ利用してみればよかったと今更ながら悔やんだ。まあいい。あと半月は篭れる。そのまま半日近くテーブル席で過ごし、リストの本を2冊とそれ以外の本を1冊読了した。まずまずの滑り出しだろう。3冊目を読み終えるころには集中力も落ちてきたし、腹も減ってきたので帰ることにした。楽しく、充実した1日だった。

 

 以上。そういうわけで本は読んでいるのだが、ブログでの読書感想の頻度は少し減ると思われる。こうして書くことで記憶を整理したり息抜きを兼ねていたりするので、更新自体は続けたいと思う。ますます自分のためのブログになっていくが、それが本懐であるのでまあよしとしよう。