でろでろ汽水域

読書感想にかこつけた自分語り

読書感想:『屍人荘の殺人』今村昌弘

※以下、ミステリー作品の内容に関する言及があります。犯人やトリックのネタバレはありませんが、本作の〈構成の妙〉について触れており、犯人のネタバレに匹敵するレベルで初読の醍醐味を損ないます。本作を新鮮な気持ちで楽しみたい方は感想を一切読まないことをお勧めします。以上。言ったぞ。

 

 

 

 あまり書かない注意書きからスタート。そもそも読書感想を読もうという人しか辿り着かないのだから、こうした前口上など杞憂である可能性が高い。実際これまでにもミステリーの感想は書いているが、大抵はいきなり感想から書き始めているはずだ。何度か同じような注意書きをした記憶もあるが、少数例だったと思う。かつては感想文を書き上げてから「なんか違うな」と思って消してしまうこともあり、実際にアップした感想文に似た事例があるかどうかは定かでない。確認すればいいのだろうが、タグ付けをサボっていたため遡るのも面倒だ。

 さて。注意書きした上にこんなことを長々と書いているのは、引き返すまでの猶予を取るためだ。なにしろこの作品は、普通ミステリーを読む際に重要になってくるトリックや探偵役のキャラクターなどよりも、舞台設定そのもの、お話そのものに決定的な仕掛けがある。それを知っていて読むのと、単にミステリー作品だと思って読むのとでは「仕掛け」を目にしたときの感動が違ってくるのだ。

 少なくとも私は心底驚かされた。開幕から若干退屈な気持ちでページを捲っていたのが、そこを機に一気にのめり込んでしまった。これはアリなのか? ミステリーとして途中で破綻しないのか? と心配しつつ読み進めていたが、最後までしっかりミステリーしていた。奇抜なアイディアをきちんと形にできている点だけでも大喝采であるが、エンターテイメントとしても読ませる作風だった。

 さあ、これだけ挨拶が長くなれば、たまたまこの辺境のブログに流れ着いた不幸な読者がこの作品の概略を目にする可能性も随分低くなったはずだ。そろそろ始めよう。繰り返しになるが、ストーリー構成に新鮮な驚きのある作品なので、個人的にはまっさらな状態で一読することをお勧めする。

 

 以前『オーパーツ 死を招く至宝』というミステリー小説にこっぴどい感想を書いた。本作の冒頭でちょろっとバカにされているが、ライトミステリーというジャンルに属する典型的な作品であり、それが「このミステリーがすごい大賞」と大言壮語甚だしい名前を冠された賞を受賞していたことも相まって、だいぶ悪辣な感想になってしまった。

 正直、本作を読み始めたときに感じた読み味は、これの再現だった。展開も含めて瓜二つだったと言ってもよい。さる大学に通う無個性な主人公、タガの外れた探偵役の同学生、強引な展開で事件の舞台となる人里離れた館に向かう一行……。ダメなやつだこれ。ハズレだこれ。本屋大賞(第3位)も信用ならん世の中なのか……。内心ちょっとがっかりしながら読み進めていたところで、事件が起きる。そこからが真骨頂だった。再三になるが引き返すならここまでだ。次段で核心に触れる。

 

 では。

 この作品。……なんとゾンビパニックなのである。バイオハザードなのである。突然ゾンビの群れが押し寄せ、館に閉じ込められたところで、同時進行で館モノの連続殺人事件が起こるのだ。夏にぴったり、パニックとサスペンスのハイブリッド・エンタメなのである!

 ……つ、つまらなそー。こうして概略を書くと自分でもビックリするほどつまらなそー。

 実際、ゾンビが現れたときは「はぁー?」と思ってしまったし、ちょっと声にも出たかもしれない。ただ、ここから作品は一気に面白くなり、最後まで息もつかせぬ展開を見せる。殺人事件を推理する緊張感とパニック作品の疾走感がうまく作用し、いままでにない読書体験を楽しむことができた。

 

 本作の趣向は奇抜なアイディアだとは思うが、ミステリー作品に別ジャンルのエッセンスを加える手法自体は珍しいものではない。時代劇風の歴史物と合わさったミステリーもあるし、SFとの融合であれば森博嗣の作品を最近読んだばかりである。ただ、この作品の場合、ゾンビパニックの設定がミステリーの魅力に一筋縄ではいかない深みを与えている。

 閉じ込められた館で起こる連続殺人にも、当然ゾンビが絡んでくるわけだが(自分で言っていて頭が悪そうだなと思う)、密室殺人のトリック、殺害方法、動機、そのすべてにゾンビが闖入することによって予測不能の様相をもたらしている。

 それでいて、荒唐無稽というわけではなく、いわゆるゾンビモノとしてのハウツーや常識を加味した理論展開ではきちんと推理が成り立つように構成されているのだから見事だ。登場人物たちと同じように、ゾンビが「いるもの」としてだんだん推理ができるようになっていく適応能力の面白さこそ、この作品の醍醐味と言えよう。

 

 また、この大飛躍と言ってもいい仕掛けに読者が乗り遅れないように、本作は細部まで緻密に計算された構成も多い。

 まず、タイトルがそうだ。このいかにも無骨な「殺人事件でござい」という題名からこの大どんでん返しはなかなか想像できない。やりおる。他に、パニック作品の作風を持つために登場人物がやや過剰気味(しかも似通っている)になるのだが、一通り揃った場面でさりげなくメンバーの確認が入るのは親切だった。さらに、物語の転換点では読者がここまで脳内に築き上げてきた前提条件をひっくり返すため、ある登場人物に予想外の展開を用意していたりする。闇雲にただビックリさせることだけを念頭に置いているわけでないのは、丁寧に書き込まれる推理描写からも十分に感じることができよう。

 若干、登場人物の設定や心理描写が乱暴というか御都合主義的に感じられる部分はないでもないが、このスペクタクルである。多少は目を瞑ろう。

 

 以上。とても面白く読むことができた作品だった。

 最初はゾンビの件を伏せながら感想を書いていたのだが、あまりにもふわふわした内容になってしまい、無礼を承知でこの形に書き直した。しつこく注意書きをした上で感想を書いたが、やはりマナーとしてはグレーだと思う。後日、考えが変わったら消すかもしれない。