でろでろ汽水域

読書感想にかこつけた自分語り

有栖川有栖の著作感想

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

新年一発目の更新ですが、年末からちくちく書き足してきたやつなので新鮮味がない。

 

最近、有栖川有栖の作品にハマっており、暇さえあれば著作の消化に没頭している。大学生の頃に森博嗣にハマったときも昼夜を忘れて次々に作品を読破していたが、そのときの感覚を思い出した。一作ずつ感想をしたためるのもアレなので、纏めて書いていく。ちなみに読んだ順番ではない、発行元順、順不同。

 

1:『新装版 46番目の密室』

タイトルが渋くて格好いい。物語もそれを裏切らない直球の密室ミステリー作品。

クリスマスに著名なミステリー作家の別荘に招待された有栖川・火村コンビ。楽しい語らいの場となるはずのパーティーだったが、不穏な空気と得体の知れない人物が影を覗かせる。奇妙で壮大ないたずらの後、ついに惨劇が幕を開ける!

……というようなストーリー。だんだんと胡散臭くなっていく登場人物たちの関係と、調査するほど不可解さを増していく事件の構成に魅了されてしまった。解決編でするすると謎が解けていくのも気持ちいい。

34歳で登場することの多い主人公コンビだが、今作では32歳と少し若く、その分青春群像じみた心理描写が多かったのも好印象。

 

2:『ロシア紅茶の謎』

国名シリーズ第1弾。こうした連作物ではよくあることだが、これがシリーズでは一番面白かった。

なんといってもトリックが美しい。ちょっと無理のあるトリックなんじゃねえのォ、という気もないではないが、解決編で語られる事件時の「絵」が非常に綺麗なので「こまけえことはいいんだよ!」という気になる。

表題作以外にも『赤い稲妻』、『八角形の罠』など構成にトリックにと読ませる作品が多い。推理の妙を味わえる一冊。

 

3:『スウェーデン館の謎』

国名シリーズ第2弾。こちらは長編。

有栖川・火村コンビが雪の別荘地に出掛けたせいでまたも悲劇が起こる。定番の「雪に残された足跡はなにを意味するか?」という巨大な謎を中心に、様々な不可思議が衛星のごとく周囲をぐるぐる回っている感じ。事件のとっかかりが掴めない、難攻不落のミステリー。

私はそれなりに謎解きをしながら読み進めるタイプなのだが、この作品には手も足も出なかった。犯人の目星もトリックの見当もまったく付かないまま真相まで読み進めてしまい悔しい思いをした。

それだけに解決編での驚きが大きく、印象深い作品となっている。前項の作品と同じく、トリックを行う犯人の「絵」が良い。

 

4:『ブラジル蝶の謎』

国名シリーズ第3弾。ここら辺から、国名シリーズ(の表題作)はあまり面白くなくなっていく……。

きらびやかな蝶が天井に貼り付けられた殺人現場。犯人はなぜそんなことをしたのか?

ミステリアスな状況に潜むロジカルな正体に驚かされる表題作以外に、謎の『鍵』に纏わる事件、雪に残された足跡が謎を呼ぶ『人喰いの滝』、若き日のミステリーに再生の物語を与える『蝶々がはばたく』も面白い。

 

5:『英国庭園の謎』

国名シリーズ第4弾。資産家が発案した宝探しゲームの最中に起きた殺人事件。犯人の正体と隠されたお宝の正体とは?

全体的に力不足な短編が集まった一冊。著者の作品は風景描写が巧みなので旅行記的な楽しみがあったり、歴史的・地理的なうんちくも豊富で楽しく読める物が多いので、そうした趣向に活路を見出すべきか。個人的には心踊る作品はなかった。

机上でゆっくり展開するミステリーという気色が強く(『ジャバウォッキー』は終始言葉遊びでミステリー感が薄い)、普段の事件現場を縦横無尽に動き回る作風と比べて物足りない。

 

6:『ペルシャ猫の謎』

国名シリーズ第5弾。イマイチだったなあ、という前作をさらに下回ってきた一冊。もし著者の作品で最初に手に取ったのがこれだったら、おそらく二度と著作は買わなかった。トリックが冴えないときには物語もあまり見栄えがしないように思う。個人的にはワースト・ワン。

 

7:『マレー鉄道の謎』

国名シリーズ第6弾。ピンと来なかったここ数冊分の汚名返上、名誉挽回、起死回生の長編小説。トリック、ドラマ、キャラクター、すべてが高い水準にあり文句なしに面白い傑作。

大学時代の友人に招かれてマレーを訪れた有栖川・火村コンビ。美しい南国の風景や旅先での出会いを楽しみつつ、四方山話と青春時代の回想に耽るのも束の間、ひょんなことから密室殺人の第一発見者となってしまう。事件はそれだけにとどまらず、事件は続いていく。帰国までのタイムリミットが迫るなか、真相にたどり着くことはできるのかーー?

この作品の最大の見せ場である密室トリックは、読み進めながら見当がつきました。えっへん。

ただ、それ以外にも謎が多く、全容が明らかになったときの驚きも想像以上。解決編も一筋縄では行かず、読み応えがある。全編に渡り骨太かつ繊細な造りで、文字通り「大作」である。

作中で語られる学生時代の思い出話や、会話を通してのやりとりには新しい発見も多く、ファンにとっても楽しい作品。

 

8:『スイス時計の謎』

国名シリーズ第7弾。表題作が面白く、それ以外の短編も読み応え十分。

特に表題作では他作品でたびたび顔を覗かせてきた有栖川の高校時代の思い出にひとつの決着が与えられており、そうした意味でも記念碑的な作品と言える。また、ロジックによって犯人を追い詰めていく展開も熱く、推理小説としても非常に楽しい作品である。

『女彫刻家の首』と『シャイロックの密室』では、火村が犯罪と対決する際の姿勢がくっきりと描かれているのも、表題作の対比になっていて面白い。

ミステリーとファンサービス、両方満足の一冊だった。

 

9:『モロッコ水晶の謎』

国名シリーズ第8弾。好き嫌いは分かれそうだが、個人的には楽しかった一冊。

表題作は「えっ、そこにトリック的な部分があるの?」という構成の面白さがすべて。最大の謎が一瞬でするりと謎でなくなる展開をご覧あれ。

その他、『助教授の身代金』は物語の「枠」がだんだんと歪み、謎の正体が一度ばらけてから再度焦点が合ってくる感覚が新鮮。『ABCキラー』は古典的名作をモチーフに展開する連続殺人を追う。

 

10:『乱鴉の島』

変わって新潮文庫から(前述は講談社文庫)。

絶海の孤島で起こる殺人事件を描いた長編小説。ひょんなことから孤島に佇む別荘にたどり着いてしまった有栖川・火村コンビ。奇妙な島に集まる奇妙なメンバー。正体不明の集会に、さらなる闖入者も加わり混迷はさらに深まっていく。そんな折、別荘の住人が他殺体となって発見されてしまう! 犯人は誰なのか、なぜ殺されなければならなかったのか、何より、この島の奇妙な集会の目的とは……?

全体にダークな気配を漂わせながら、静かに展開していく物語には独特の雰囲気があった。終盤、登場人物全員が「敵」となる場面などはこれまでにない緊迫感があり、サスペンス風の雰囲気も楽しめた。

本作は物語の根底にあるバイオテクノロジーが絡んでおり、それを手掛かりとして謎解きが進んでいく。これが事件の動機にも少なからず関係してくるのだが、少し掘り下げ不足というか説得力に欠ける印象を受けた。そういう設定なのだから、と言われたらそれまでなのだが、個人的には素直に飲み込むには苦しかった。

 

11:『絶叫城殺人事件』

館モノの作品を集めたオムニバス短編集。

有栖川作品を読んでいるときには少なからず感じることなのだが、やや古い時代設定で物語が描かれている。全編に渡って言えることだが、有栖川作品は物語の時系列がよくわからない。主人公コンビの年齢にはほとんど変化がないにも関わらず、事件は春夏秋冬を問わず巻き起こり、場合によっては数週間の長いスパンを同じ事件に拘束されていたりもする。他作品の事件を匂わせる発言は時々あるものの、基本的にはパラレルワールド、しかも時折バージョンアップされる便利なサザエさん時空で展開しているのだろう。

表題作はホラーゲームを模倣した殺人事件をテーマとしているのだが、このゲームの説明で「実写とは程遠いポリゴン」という表現が出てきたり、数十万本のセールスがテキサスヒット扱いだったりすることを鑑みると、32ビット機(プレステとか)時代の設定なのだろう。年齢がほとんど同じはずの『スウェーデン館』では「ファミコン」という単語が普通に出てきていたので、ちょっと引っかかった。それで冒頭の文章が生まれたわけだが、せっかく書いたので本編とは関係ないが残しておこう。ちなみに、その後の国名シリーズでは携帯電話が難なく登場しており、混迷はますます深まっていくのだが……。その辺りの考察はもっとコアなファンにお任せしよう。

すっかり脱線してしまった。本編についての感想としては、どの作品も非常に面白い。すべての作品にイロというか決め手が存在しているため、ミステリーとサスペンスを楽しみながら読み終えることができた。 名手の手腕が炸裂している短編集。

 

12:『菩提樹荘の殺人』

続いて文春文庫からの短編集。

表題作は不可思議な状態で発見された変死体の謎に挑むミステリー。有栖川の過去にちょっぴり立ち入るオマケ付きのエピソードとなっている。ほかに火村の学生時代を舞台とした『探偵、青の時代』、二人の砕けたやりとりの多い『雛人形を笑え』など、入念なファンサービスが窺える一冊。

ただ、4作中2作は読者の推理が立ち入る要素がほとんどない。個人的には物足りなかった。

 

13:『火村英生に捧げる犯罪』

気合の入った大長編を予感させるタイトルに反して、大したことのない作品による短編集(勝手にものすごい期待して読み始めてしまったため、口が悪くなっている)。

全体的にワンアイディア・ワントリックの作品なので気軽に読める反面、腰を据えて読むにはパワーとボリュームが不足している。

 

14:『海のある奈良に死す』

ここからは角川文庫。

有栖川の同業者が被害者となった殺人事件を追う長編作品。「海のある奈良」である福井県小浜市を足掛かりに、有栖川・火村コンビが大阪を飛び出て様々な土地を旅する大作。例によって、立ち寄る場所場所の風景描写が巧みで、旅行記としても楽しさも味わえる一冊。

謎の正体を見極めるまでが長い作風には読み応えがあり、疑うほどに怪しい登場人物たちも魅力的。

ただ、犯人特定の決め手となっている、あるトリックが興ざめ。現在では広く知られる現象であるものの、本作が出版される頃は新しかったのだろうか……。うーん。

 

15:『暗い宿』

「宿」で起こる事件をテーマにした作品による短編集。比較的すっきりした読後感の多い著者の作品にしては、気持ちよくない終わり方が多かったのが印象的。

ホラーやサスペンスの気配を漂わせた表題作も面白いが、『異形の客』が本作の見所か。犯人を追い詰める火村から目を離せない一作となっている。

 

16:『幻坂』

読んでびっくり。ミステリーじゃない。マジびっくり。

サスペンス、ホラー、スピリチュアル、様々なエッセンスを感じさせるドラマを描いた短編集。大阪にある天王寺七坂を舞台としており、風景描写はいつにも増して丹念で気合が入っている。

人間ドラマに特化した作品にはなっているが、著者はミステリー作品でも心理描写を巧みに挿入してくることもあって、そこまでの新鮮味はなかった。

基本的には様々なオバケが様々な干渉を仕掛けてくるお話。そういうのが嫌いでないなら楽しめる。

 

17:『怪しい店』

ラスト一冊。先述の『暗い宿』が「宿」をテーマにした短編集だったように、今作は「店」を基盤としたミステリー短編集。

店の存在自体が謎に包まれた表題作のほか、薄暗い雰囲気の店で思考が渦を巻く『古物の魔』、『燈火堂の奇禍』。逆に店を離れて、綺麗な一枚絵のような風景が謎を投げ掛けてくる『潮騒理髪店』。犯人の視点から語られる『ショーウィンドウを砕く』の計5作。面白い趣向の作品が多かったが、宿に比べると店という縛りは難しかったのか、やや盛り上がりに欠けた気がする。