でろでろ汽水域

読書感想にかこつけた自分語り

読書感想:『その可能性はすでに考えた』井上真偽

※以下、ミステリー作品の内容に関する言及があります。

 

 書店で見掛けた文庫本のタイトルと装丁が綺麗で、思わず手に取った作品。

 読み始めてみると文体が軟派で肩透かし。どっこい、読み進めるとかなり骨太な構成となっており二度びっくりの侮れない作風だった。キャラクターが前面に出てくる、賑やかなタイプのミステリー作品ではあるが、内容は決して薄くはない。むしろ「まだミステリーにこんな攻め方があったか」と驚かされる創意工夫に満ちた、意欲的な作品だった。

 

 とはいえ、やはり色彩をドギツくしすぎた感が個人的には否めない。

 主人公が青髪オッドアイの美青年、相棒は中国マフィアのグラマラスな美女、謎を追いかける中で次々現れる人物も一筋縄ではいかない個性的な面々が並ぶが、キャラ付けが「いかにも」すぎて「一筋縄ではいかない人物」のステレオタイプを脱していない。加えて根底に組み込まれているダークでバイオレンスな雰囲気がギャグ調の空気感を醸成してしまっており、それがミステリー作品の持つ独特の重さというか信頼感を損なっていてもったいなく感じてしまった。

 キャラクターとストーリー構成からはアニメ作品のような印象を受けたが(具体的には『シュタインズ・ゲート』を連想した)、実際にそうしたコンテキストと見るのが無難なのだろう。よくよく考えてみれば、扱われる事件も神秘性が前面に押し出されており、登場人物の癖や作品が持つ世界の広がりを見てもそうした認識で臨むのが正解なのかもしれない。

 後ほどさらに褒めるが、この作品はかなり奥が深く、ミステリーの仕掛け方や魅せ方も斬新だ。表現上の奇策に走らずとも、ストーリーとトリックの面白さで十分戦える作品になったと思う。それだけにアニメ調の演出過多はかえって興を削ぐことになった印象が拭えない。美味しい料理なのに、マヨネーズがたっぷりかかってるみたいな、そういう物足りなさを感じた。

 

 さて。苦言は以上である。もう少し重箱の隅をつつけば、探偵役がこれほど強烈なキャラクターを与えられたわりに中盤以降ほとんどオマケになることや、さんざ派手な展開を用意してきたのによりによって終盤の黒幕との対決が地味な絵面になることなども気になる。しかし、その辺りはほとんど嗜好の差や趣味の違いで片付けられるレベルだ。そうした表現上の個性やテクニカルな癖の好き嫌いを問題にしないほど、この作品は面白い。すごく、面白い。

 

 まず、構成。この作品は冒頭から、探偵役がいわゆる「完全犯罪」(作中では「奇蹟」であるが)を認めた状態でスタートする。山奥の密室環境となった宗教団体が暮らす村で起きた惨劇。そこから唯一生還した少女が語る、不可解な事件の顛末。彼女が解決を求めて持ってきた事件を、あろうことか探偵は「解決不可能」と結論付けてしまう。容疑者不在の、ホンモノの奇蹟というわけだ。

 もちろんそれではお話にならない。ある理由から、この事件は人為的なものであると証明するべく〈刺客〉たちが次々と現れる。否、証明するべく、というのは正しくない。その役目を果たすのは主人公側である。正確には、探偵は〈あらゆるトリックをもってしても、この環境下での殺人は不可能である〉ことを証明することを目的に活躍することとなるのだ。

 作中でも真っ先に触れられることであるが、これは極めて難しい作業である。主人公側は「こうも考えられる」というレベルの荒唐無稽なトリックであっても、それをいちいち論破しなければならない。今回の事件が「奇蹟」であることを証明するため、状況証拠からのほとんど妄想に近い犯罪状況や、実現の可能性が限りなくゼロに近いトリックに対しても「できない」を突きつけていくのである。

 その際に主人公が決め台詞として放つセリフが表題でもある「その可能性は、すでに考えた」というわけだ。

 

 この構成が本当に面白い。

 主人公がミスリードを次々と喝破していくことで、常識的に考えれば絶対に存在したはずの犯罪行為の可能性がどんどんしぼんでいく。新たに登場する解決の糸口は、出てきた端から潰され、ストーリーが進めば進むほど事件の様相は難解になっていくのだ。

 普通なら、奇蹟に見せ掛けた犯罪行為を探偵が見破って犯人の正体を明らかにするというキャスティングを文字通り逆転させる手腕。そして、切れ者の探偵役をして「不可能」とお墨付きを与えてしまった謎がどこに行き着くのかという構成の妙。ページを捲る手が止まらなかった。

 

 物語を追う中で主人公たちにも別な危険が迫ってくるのだが、冒頭で書いたとおり、このエッセンスは余計だったように思う。

 メインとなっている過去の物語を追うだけでも十分に作品として深みがあったのだが、主人公の生い立ちや「なぜ〈奇蹟〉の存在にそこまでこだわるのか?」というキャラクターに付随した展開自体は、申し訳ないが私には陳腐としか映らなかった。

 おそらくは、このありえないシナリオを成立させるために、フィクションが成立する舞台をしっかりと作り上げたいという作者のサービスだったと思うのだが、結果的にはミステリーにファンタジーが混入してしまった。それが良いシナジーを生んでいるとは感じられなかった。

 

 たぶん、近いうちにこの作品は映像化されると思う。どうもそういう風に描かれたような気配を感じる。個人的にはアニメアニメしているな、という感触が強かったが、実写でも十分に見栄えはするだろう。

 わがままだが、この著者による、トリックを本格的に突き詰めた作品を読んでみたいものだ。奇想天外の発想と構成力は見事だ。あとは趣味の問題に尽きる。