先日テレビのロードショーで「貞子3D」を観た。酒を飲みつつTwitterでツッコミながら観たので間が持ったが、あれを映画館で観ていたらと思うとぞっとしない。
すごい。どれだけ才能の無い人が集まるとあんなゴミが出来上がるんだろう。
そもそもヒット作の続編というのは駄作化しやすい。スポンサーが山ほどついて関わる人間が増えるからだ。いろんな要望、厳密には様々なNGが付いて回るため無難な演出にならざるを得ない。誰がリーダーなのかわからないまま映画製作が進んでいって、誰も望まないものが出来上がる。素晴らしい。
今回の「貞子3D」はまさに陳腐化の権化とでも言うべき存在だった。上映直後に話題になったような話は全く聞いていなかったし、当日のTwitterでも基本的に否定的な意見しか無かったように思う。あまりに突き抜けていたので逆に楽しんでいる人もいたが、やはり万人にとって駄作に見えたのは間違いなさそうだ。
ジャパニーズホラーというジャンルを確立した「リング」は本当に怖い映画だった。
モンスターやアンデットのような直接的な攻撃ではなく間接的に精神的にじわじわと追いつめられていく恐怖。対抗手段はなく、全ての暗闇と死角が敵となる恐怖。それが「リング」がもたらしたホラーの真髄だった。
真髄だったはずなのに…。このザマは一体なんなのだろう。
貞子はカマドウマみたいになってるし数もいっぱいいるし噛み付きによる物理攻撃を仕掛けてくるわ、主人公は悲鳴ひとつでそのカマドウマ子の群れを灰燼と化す超振動能力は持ってるわ、iPhoneは大理石への垂直落下に耐える硬度と対衝撃アブソーバを備えているわでもうメチャクチャ。
ホラー色はすっかりなりを潜め、モンスターパニック映画になってしまった。その上、主人公が摩訶不思議な力に守られた無双キャラクターなのだからたまらない。追い詰められたはずが一瞬で包囲した相手を滅ぼす始末だ。酷い。酷すぎる。
不意打ちでどかんと登場したり大きな音を立てたりするからびっくりはするのだが、そこに恐怖心や気持ちの悪さがない。むしろ真剣に怖がった演技をする役者にシュールな可笑しさが感じられるくらいだった。
そもそも貞子が写真集を出してみたり始球式に出てみたりとすっかり親しみやすいキャラクターになってしまった時点で、もうホラーとしては通用しなくなってしまったのかもしれない。公的な場への露出は「中の人」の存在をどうしても強調してしまうし、売り込み方もアダムス・ファミリーのようなコメディめいた色彩が強くなっていた。
同じキャラクターでホラーを続けること自体に無理があったのかもしれないし、そういった面で「バイオハザード」的な方向転換を計ったと見ることもできるかもしれない。しかし当の「バイオハザード」だって、2はまだしも3からは完全に駄作化している。あれも酷い映画だった。
結局のところ人気のある物というのは、人気がなくなるまで損ない、駄目にし、陳腐化してしまうのが資本主義のやり方なのかもしれない。
人だってそうだ。有能な人が現れるといろんな仕事を任せて無能ぶりを露呈するまでヨイショし続ける。某大阪市長とか気の毒なもんである。
素晴らしい酒だからといって二日酔いになるまで飲み続けたら台無しなのだ。廃墟すら残さず、駄目になっていく王国の一抹の寂しさを感じた。
貞子を哀れむ日が来ようとは。皮肉なものである。