でろでろ汽水域

読書感想にかこつけた自分語り

読書感想 2016.12月分 前半

最近読んだ本の読書感想などをつらつらと。
昨年12月半ばから読了した本の簡単な感想はTwitterで呟くようにしているのだが、それで充分という本もあるしまだまだ紙面を割きたい物もある。時間が経って気持ちの置き所が定まってきた作品もあるので、そこらを振り返る意味でも再考してみたい。
ちなみに私はTVを見る感覚で本を読むので、個人的に好きなミステリやSF分野が大半で逆に苦手な恋愛や社会派作品は手に取らないため好みが合わない人が読むにはどうか。
感想に対する意見や、これはという作品があったら是非ご教示いただきたい。いつまでコメント0なんだというプレッシャーもあるのでお気軽に。



『UFO大通り』島田荘司

〈中編2作からなるミステリ小説。異様な環境下で、異様な姿で発見された変死体。事件の起きた住宅の近隣ではUFOや宇宙人の抗争を目撃したという証言も飛び出す。摩訶不思議な事件の真相は?〉

ミステリ好きとか言っておきながら、御手洗シリーズはこれが初読だったりする。いかにも曲者な探偵の御手洗と逆に正直で素朴なワトソン役の石岡のコンビが奇妙な事件に挑んでいく。
なにより事件の前提が冒頭で紹介した通り奇妙奇天烈で目を引く。はたしてこの謎は解けるのか? という、読者を最初に案内する俯瞰の情景が最高にいい。この坂を無事に滑り下りられるか、と胸を高鳴らすスキーヤーの気持ちになれる。次々と謎ばかりが収集されていき、解決編では一気にそのピースが嵌っていくのもいい。
もう一編の『傘を折る女』も見せ方の違う複雑な事件が展開。こちらも面白く、個人的には読後感も含め後者の方が好み。



『ハリー・クバート事件』J・ディケール

〈デビュー作で一躍ベストセラー作家となったマーカス。スランプに陥り作家として窮地に立たされた彼は恩師であり偉大な作家でもあるハリー・クバートに助けを求める。しかしある日、ハリーは殺人事件の容疑者として身柄を拘束されてしまう!〉

本書の根底に根差す事件自体も複雑怪奇で面白いのだが、主人公やその恩師であるハリーの人柄や彼とのやりとりも示唆や教養に富んでおり青春小説としても読ませる内容になっている。事件の起きた町の人々や主人公の周囲など登場人物が全体的にこやかましいなかで、静かに思惑の網を展開していくマーカスたちの対比がドラマティック。
ラストで明らかになる事件の真相とそれに関わった人たちの心のやりとりは胸に響く。文庫で上下巻合わせて700ページ近い長編だが絶えず謎とエピソードが追加されていくため退屈はしない、というかむしろ徹夜の準備をしたほうがいい。ミステリの枠に収まらない魅力の詰まった作品。



ジェリーフィッシュは凍らない』市川優人

〈航空機の歴史を変えた小型飛行船ジェリーフィッシュ。その発明者と研究メンバーの6人を乗せた新型機が実験航行中に消息を経つ。同機が発見された雪山で、6人は全員が”他殺体で"発見された。謎の殺人者と事件の真相とは?〉

著者にとってデビュー作となる長編ミステリ。デビュー作とはいえ完成度は非常に高い。飛行船の乗船員と事件を追う刑事の二つの視点でストーリーが進行するのだが、だんだんと全体図が明らかになっていくなかで中心の影だけがどんどん色濃くなっていくような謎の見せ方は見事。
飛行船というどこかノスタルジーと非現実感を感じさせる存在を主体に置きながら、読者の想像力を刺激し続け無理なく本格ミステリを展開させる手腕には舌を巻く。解決編が絵的に綺麗なのも気に入った。
次回作が出るなら必ず読むが、老婆心ながら圏点の使い方は見直して欲しい。読者はそこまで馬鹿ではない。



『アリス殺し』小林泰三

〈主人公が見る『不思議の国のアリス』の世界と酷似した夢。夢のなかでは馴染みのあるキャラクターが不審な死を遂げていた。そしてその夢とシンクロするように現実の世界で起きる死亡事故。夢の世界でアリスに掛けられた殺人の嫌疑と現実に迫る死の危機を乗り切れるか?〉

ルイス・キャロルの作品をある程度知っていないと充分な理解を得られないという敷居の高さが存在する作品。まったく知らないという人はそんなにいないと思うが(作品を手に取らないだろうし)、スナーク狩りまで含めて知っている読者層はどのくらいだろうか。知らなくても本書を読む上ではそこまで大きな障害にはならないが〈夢の世界の出来事〉は不思議の国のアリスが前提となって進むのでイメージの有無で脳内の箱庭作成の難度が変わる。
設定自体が面白いミステリだが、そうしたミステリの宿命としてその設定自体に謎自体がキーであり屋台骨があるため、そこの部分に共振して魅力を追いかけられるかで面白さの度合いが変わってくる。ミステリ以外の部分、主人公の大学生活や出会う人たちにあまり面白味を見出せなかったのが残念。



『ダリの繭』有栖川有栖

サルバドール・ダリを敬愛し、姿まで模倣する宝石チェーン店の社長が殺害される。フロートカプセルと呼ばれる繭のような不思議な機器で発見された彼の死体には、多くの不可解な謎が隠されていた! ご存知、推理小説家・有栖川有栖と犯罪社会学者・火村英夫が謎に挑む人気シリーズ〉

個人的には以前『高原のフーダニット』を読んで以来の2作目で、そのときの感想としては可もなく不可もない普通のミステリ(意地悪に言えば贔屓にするほどの魅力は感じなかった)だった。本書はタイトルに惹かれて購入したのだが、冒頭から一気にラストまで持って行かれた。
不可思議な事件は謎を追えば追うほど新しい謎を呼び込んでゆき、解決の気配を見せないままクライマックスを迎え、急転直下、坂を転がるように解決編が展開する。このスピード感、疾走感が素晴らしい。
特に根幹にある事件が、新しい事実が発覚するたびに小さな謎がひとつ解けては大きな謎がひとつ生まれるを繰り返す難物であるのがいい。動きのある解決編まで脳味噌を楽しませる工夫に満ちている。
読み終えた後にはくたくたになった時計のような心境になれる本格ミステリ